竜との戦い
彼は地上に降り立ち、俺を一目見て同属だと理解したようだ。
「貴様この礼儀知らずの若造がッ! 縄張りに入って即、威嚇など言語道断! 痛い目に合わないと理解できんかッ!」
「ちょっ、待て……『噴炎』!」
『噴炎』を使って急いで空中に離脱すると、今まで俺がいた場所を炎のブレスが焼き焦がしていた。
容赦がない。
人間形態でも死にはしないだろうが、大怪我は免れない。
説得しようにもそもそも人の話を聞く気がないし、守りに入ったらやられてしまう。
やられる前に、 先にやらなければ。
俺は飛散する思考を無理やりにまとめると、『竜人化』を使う。
ないよりはマシといった程度だが、これで一撃でダウンは避けられる。
「小賢しいわ若造。ドラゴンならば正面から力を見せんかッ!」
レッドサンドラゴンが空中に跳び、空気を突き抜けていく。
元より天に高い領域を司る竜、空中を飛ぶ速さはドラゴンの種族でも随一だ。
そして、今そのハンターに狙われているのは俺だ。
剥き出しになった牙が、俺の脚元で勢い良く閉じられる。
急いで、伸ばしていた脚を引っ込めたおかげで無事だったが、空中ではやはり分が悪い。
「『腐食魔法・麻痺煙幕』!」
レッドサンドラゴンの顔元に腐食魔法による麻痺の煙を撒き散らし、地上に逃れる。
効果は目くらましと、麻痺による無力化だ。
しかしこの程度の毒では上位のドラゴンである、レッドサンドラゴンは止められないだろう。
「ぬ、これは……小癪な麻痺毒かッ! 下らん!」
予想通りにレッドサンドラゴンが翼を一度羽ばたかせただけで、毒の霧は霧散してしまった。
地上に降りた俺を見つけたレッドサンドラゴンは、身を翻すと重力に勢いをつけて急降下してくる。
俺には毒性の高い腐食液を掛けるという手もあったが、最悪相手が死んでしまうし、それではえげつないし面白味もない。
毒とは相手に効くから毒なのであって、ある意味それは卑怯でつまらない手になる。
だから、なるべくなら腐食魔法は使いたくない。
「強力な毒を使わなくても倒せるしな、『静電気』」
「火花でワシを倒せるものか! 舐めるなよ若造!」
上空に掲げた手と、レッドサンドラゴンの牙が触れるかという所だった。
轟音と共に閃光が、尻尾から顎まで、レッドサンドラゴンを貫いた。
明らかにそれは静電気ではなかった。
業火にも耐えうる強靭な鱗を焼き焦がす熱量、そして鉄にも勝る硬度を誇る骨を貫く破壊力。
天空から地上までを割くヒビ。
天から降り注ぐ神の怒り。
実りの時期を知らせる祝福の号砲。
人はそれを崇め、畏れてきた。
だからこそ、それには大量の呼び名がある。
俺が降らせたのは雷だ。
『噴炎』で上空を飛び回っていた時に、『湿潤魔術』で小規模な雲を作り出し、その中に『静電気』により大量の電気を宿らせた。
そして地上に降りた後、掌に雲に宿らせたのとは逆の性質の静電気を発生させる。
そうする事で、上空から地上へ通常よりも大きな静電気が走るのだ。
宿屋の中でこそこそ実験をして見つけた、『静電気』の使い方だ。
「どうだ、マリー。これも一応魔力を使うんだから魔法でいいだろ?」
焼き焦げた鱗から煙を上げるレッドサンドラゴン、その顎を膝の上からどかす。
呼吸をしているから死んではいないようだ。
「いいけど、『静電気』で雷を作るなんて、無駄な事をするのね。属性魔法の応用か精霊魔法を使えば、簡単に降らせられるのに。魔力効率で言えばそっちの方がいいのかしら? ……まあでも、まだ終わりじゃないわよ」
「ほっとけ、俺はこういうのが好きなんだ。……待て、今なんて言った?」
まだ終わりじゃない?
レッドサンドラゴンはもう倒した。
敵はもういないはずでは?
そう思い、立ち上がった所で、上空が再び雲に覆われた。
俺の作った雲が自然の作用で肥大化したのかと見上げると、そこには腹があった。
「ほら、彼も言ってたでしょ? ワシらって」
そう言ったマリーの指差す先には、大量のドラゴンが浮遊していた。
その数は恐らく俺のいた天業竜山よりも多いだろう。
嘘だろ……。
「それにもっと魔法を使ってもらわないと、やらせたい事ができないのよ」
ドラゴンの羽ばたきによって、マリーの呟きはかき消された。
どうやらこのドラゴン達は、見た目人間で中身フレッシュゴーレムのマリーには興味がないようだ。
空中から弓矢のように俺目掛けて落ちてくる。
「ああくそ、やってやる!」
『竜魔術』によってブレスを放出し、空中のドラゴンを牽制する。
その間にできる限りの魔法を使い体を強化する。
元から俺は魔法なんて全く得意じゃないのに!
スキル無しで使える魔法なんて、生活魔法と簡単な属性魔法くらいなんだぞ!
「『炎弾』!『属性魔法・土石昇』!」
苦し紛れに吐いた炎の弾と石礫の嵐が、良い感じに空を飛ぶドラゴンを撃ち落としてくれている。
地上に落ちたのなら、これでやれる。
「『腐食魔法・風化沼』!」
落ちた者の鎧や鱗を急速に劣化させる沼を、地上のドラゴンの足元に作り出す。
おまけに沈んでいく彼らは沼によって動きが疎外され、一時的に無力化される。
これで少し余裕ができるが、落とし切れなかったドラゴン達が今度は遠距離からブレスや魔法で攻撃してくる。
視界が真っ赤に染まる。
赤々と輝く炎の間を、強化した体で無理やり通り抜け、姿を隠す。
『湿潤魔術』で雷を作っている暇はないから、『静電気』による雷落としも使えない。
圧倒的な手数不足を痛感する。
生まれ落ちてから2カ月ちょっと。
あまりにも時間がなかったとはいえ、もう少し魔法を学んでおけばと思う事が最近多すぎる。
「『属性魔法・切り裂き風』! 『属性魔法・毒雨』!」
しかし、あの里に留まっていれば良かったかと言われれば、それは違うと断言できる。
旅に出た選択に後悔はしていない。
前世で激務をやっている時は、どんな時でも楽しさなんて感じなかった。
それがこんなにも苦しい戦いだというのに、心の中で楽しんでいる自分が騒いでいるのだ。
もっと戦えと。
「『属性魔法・石嵐炎渦』!」
それに、こうでもしなければドラゴンと戦う時には、切込みを入れてからの毒が有効なんて分からなかったしな。
……使い所はあるのか?
そんな事を考えながら、もう一度、俺は飛来するドラゴンを撃ち落とす作業に戻った。