錬金術師マリー
訂正しよう。
少女というには少し年を取り過ぎているのかもしれない。
見間違えたのは、幼く見える無邪気な笑顔のせいだ。
だが、少女と言っても間違いではないのかもしれない。
この問題はプラムやソリティアより少し年上で、成人ギリギリの微妙な年齢を少女というかどうかが重要だ。
「……ちょっと待て。お前は誰だ。何でこんな場所に、薬って何の事だ?」
「その質問に答えてる余裕ってあるのかしら? 貴方の仲間は薬のおかげでこれ以上毒の浸食は受けないけど、失った体力が戻ってないのよ。飲ませて休ませないと後遺症が残るわよ」
受け取った薬品の入ったフラスコから、数滴垂らして舐めてみる。
すると半ドラゴン化していた体が、元の人間態に戻る。
いや、どういう作用だ。
少女を見ると、予想外だったのか驚いた顔をしている。
これ……毒じゃないよな? 人間じゃないから分からん。
目の前の少女の様子を見るが、悪意はなさそうだ。
いつの間にか意識を失っていたジョンの口に中身を注ぐ。
しばらく様子を見ていると、少女が部屋の脇にあるベッドを指差したので、ジョンをそこに寝かせてやる。
触れたベッドの冷たさと硬さに驚きよく見ると、ベッドでさえも王都でよく見る木製のベッドではなく、このダンジョンを構築している金属と同じ物質で作られている。
痛くならないのだろうか。
「さあ、これで安心ね。飲ませたのはただの栄養ドリンクのような物よ。異世界の文明が作り出した創造神の贈り物ね、参考にさせてもらってるわ」
「異世界の……その言い方は少し引っ掛かる。まるで俺と同じみたいじゃないか」
少女はあっさりと頷き、金属の机の上にあった薬品を俺に渡した。
掌に収まった青いピルは、やはりどこか俺にとって馴染み深さを感じさせる。
「これはなんだ」と問おうとして、思いとどまりそれを飲み込んだ。
どうせ飲めと言われるに決まっているのだ。
「今度はあっさり飲んでくれるのね。それは接種した者の魂跡のNSを誤魔化して周囲の……えーと、他人のステータスを一時的に視られるようにする薬よ」
説明がめんどくさくなったのか、それとも俺の表情を見て理解してないと判断されたのか簡単に説明してくれた。
詳しい説明なんて聞いてもどうせ分からないし、この少女が説明好きでなくてよかった。
「そしてこれが私のステータス……どう、分かった?」
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マリー・アステラ・オネイロス
種族:フレッシュゴーレム
称号:偉大なる賢者 彼方への夢を見る者 生命の造物主
ユニークスキル:異界之瞳
スキル:錬金術 顕微眼 解析 腐食無効 竜魔法
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「ああ、そういう事か……」
この少女、マリーは俺と同じ『異界之瞳』を持つ者だ。
だが1つの謎が解けた所で次の謎が湧き出る。
マリーは一体何者なのか。
話に聞いた古代の錬金術師その人なのか。
そもそもなぜ俺が『異界之瞳』を持つと知っているのか。
マリーはステータス画面を消して、羽織っていた白衣を脱ぎ飛ばし胸を張った。
それは小さい彼女なりの見栄のはり方なのだろう。
「それでは貴方に答えを提示しましょう! 私の名前はマリー。マリー・アステラ・オネイロス、マリー・ヘルメス・マグヌス。【帝国宮廷錬金術師】、【偉大なる賢者】そして【人類種の先に立つ者】……色々な名前と肩書はあるけど、ただ錬金術師のマリーって呼んで!」
王国では聞きなれない長い名前。
そして【帝国宮廷錬金術師】という肩書。
やはりマリーはこのダンジョンの主のようだ。
だが。
「謎が多すぎて何も分からない。なんでこんな所に引きこもってた? ドラゴンとの戦争はかなり前に終わっている。ジョンの容体が分かっていたって事は、ダンジョン内の情報収集はしていたんだろう?」
「うーん。それについて説明するのは……ちょっと。私の研究は錬金術と魔法によるスキルからの脱却で、そのためには多くの時間と素材が必要だったって言えば分かるかな?」
時間……素材……冒険者達。
ああ、だから希少な鉱石・魔石が出るダンジョンなのか。
これ以上の追求はしないでおこう。
「つまりお前は、ここで人をおびき寄せつつ素材を集めて研究をしていたんだな。それでその成果は? 【偉大なる賢者】が1000年近く時間を掛けたんだ。さぞ大発見ができたんだろ?」
「勿論。私の新しい体であるフレッシュゴーレムの製法と、形而下の領域にある物は全て生成できるようになったよ。本来の目的のスキル自体の錬金もあとちょっとって所かな」
新しい体……元が人間だと聞いてるし、死なないように脳移植でもしてるのか?
それとも、何かよく分からない魔法の理論で精神だけ宿してるとか?
とにかくマリーは1000年間どうにかして生き延びる方法を見つけたんだよな。
そして形而下の領域の物を生成できるようになったと。それは、ありとあらゆる物を作れるようになったという認識で合っているのだろうか。
「深く考えても俺には分からなさそうだ。ともかく1000年延命する方法と、錬金術の知識と技量を高めたんだな?」
「えー、そんな浅い理解で……。その程度じゃないけどそれでいいよ……」
呆れた吐息が重くのしかかる。
そんな事言われたってこっちは錬金術も魔法も大して知らないんだ。
浅くとも理解できた点を褒めてほしい。
「それじゃあ後2つ質問だ。お前の『異界之瞳』はどうやって手に入れた。お前も俺と同じ転生者か? そして、『竜魔法』を持っているのはなぜだ。お前は人類種からフレッシュゴーレムになったのであってドラゴンではないはずだ」
「その2つの質問には1つの答えで十分よ。ドラゴンから手に入れた。時期と経緯は違うけどね」
「どういう事だ。変に遠回しな言い方をしないでくれ。こっちは地下に落ちてから、分からないことだらけで頭が疲れてるんだ」
マリーはやれやれと頭を振って優しい口調で語り掛ける。
もしかして馬鹿にされているのか?
抗議したくなる気持ちを抑えて黙って話を聞く。
まだマリーの目的でさえ俺は知らないんだ。
ここで話を途切れさせたら、ややこしい事になる。
「あのね。私の『異界之瞳』も貴方の親であるオーラから貰ったの。ちょっとした縁があったのよ。それから『竜魔法』は貴方から。今の私の体は貴方の流した血を元に生成したのよ。その時に貴方のステータスに『異界之瞳』を見つけて興味を持ったの」
また情報量の多い事を……。
つまり『異界之瞳』は1000年前のどこかでオーラから『天業支配』の権能で付与されて、『竜魔法』は俺がレイオンと戦った時の血からスキルの力を得たって事か?
どういう原理で血からスキルを得られるのか分からないが、多分ドラゴンに種族的に近づくと自動的に付与されるとかそんなのだろう。
ユニークでないスキルはあくまでも技能で、誰にでも習得可能だと聞いたことがあるしな。
「俺の血ね……。じゃあお前は俺の兄妹みたいな物か?」
「姉弟、ええそうね。その割には年が離れすぎている気もするけど」
「うん? 何を言ってるんだ。お前は今生まれたんだから0歳だろ。俺は今0歳と数カ月。なら年の差はないはずだ」
「そっちこそ何言ってるの? 私は918歳よ。貴方は前世を入れてもどうせ100にも届かないでしょ!」
こいつ……。
あくまでも自分の方が立場が上だとでも言いたいのか?
それならそういうスタンスでいるといいさ。
「まあいいけどな。俺は兄だろうが弟だろうが。そういう小さい事は気にしないんでな」
踵を返してジョンの容体を見る。
ああ、先程よりも呼吸と動悸が安定している。
薬は効いたいみたいだ。
「貴方……! 先に言い出したのは貴方でしょ! ……いえ、もういい。それよりもこの後について話し合うわよ」
マリーが金属のコップに注がれた黒い液体を飲む。
コーヒーの匂いがする。
錬金術ならば飲食物でも作り出せるのだろうか。
呑気にそんな事を考えていたが、マリーの次の言葉に俺は頭を抱えた。
「貴方がレイオンとかいう勇者にドラゴンバレした以上は、もう王都には居られないわね。連邦は戦争してるって聞くし、皇国は論外だわ。東に進むのはどうかしら」
「ちょっと待て! お前もしかして俺と旅をすると言ってるのか?」
「当たり前でしょ? そうじゃないなら、ここまで説明したりしないわ」
大昔の元人間で錬金術のマリー。
彼女の持つ錬金術の知識やスキルについての研究内容に興味がないわけではない。
こちらもスキルを蒐集するという名目で旅をしている以上、その研究に心惹かれないわけではないのだ。
しかし。
「駄目だ。連れていけない」
俺は1人旅が好きだ。
そのためにわざわざ眷属のフェイテールを、望み薄な約束までして遠ざけたのだ。
そうまでしたのだから、簡単に同行者を受け入れられない。
「あ、そう。貴方はお仲間の事で私に借りがあると思うんだけど」
「それは……お前がいなくても地上に出ればどうにかできた!」
「へー、じゃあレイオンの事は? 貴方が地上に出たら、あの男はどこまでも貴方を追いかけるわよ。ジョンって奴の面倒を見る暇なんてなかったでしょ」
それはそうかもしれない。
だが、それはかもしれないというだけだ。
どちらにせよ俺はジョンを背負って地上に出るつもりだったし、今この状況でもジョンを置いて行くわけにはいかない。
俺と共にいればジョンはドラゴンの仲間と見なされ、攻撃を受ける可能性があり、リスクは避けられない。
俺はジョンを街まで届けねばならず、やるべき事は変わらない。救われたわけではないのだ。
「まだ納得できない? それじゃあジョンを街まで届けた後、レイオンと戦って勝てる? もう油断はしないし、【絢爛たる血の聖団】とかいうパーティーの仲間が合流するかもしれないわよ」
それは反論できない。
今の俺の実力でレイオンに勝てる道筋は見つからない。
パーティーメンバーが揃えば相手の取る戦術も増え、対応なんてできなくなる。
マリーの実力がどの程度か分からないが、相手の予想外の戦力を持てるのなら、一縷の望みはある。
「分かった。マリー、お前を連れていくよ。よろしく」
「やった! これ以上研究を進めるのに定期的にドラゴンの素材が必要だったのよね~! あ、鱗でもいいからよろしくね、ヒトゥリ!」
「それが目的かよ!」
後悔先に立たず。
差し出した手はしっかりと握られ、離してもらえそうにもなかった。
こうして叡智と異界の瞳を併せ持つ錬金術師、マリー・アステラ・オネイロスが俺の1人旅に割り込む事になったのだ。
できれば短い付き合いだと嬉しいが。