ドラゴンブレイカー
「その手は……やったのか? あいつらを」
俺の質問にレイオンはガントレットに付いた血を拭いながら答えた。
「そう言ってるだろう。出会い頭にナイフと斧と火球が悪人顔と一緒に迫ってきたら、反射的に全員殺しても仕方ない。不可抗力というんだったかな。まったく手が汚れたよ。これから再び汚れる予定だがね」
悪びれもせずに言い放ち、レイオンはこちらへと近寄ってくる。
未だにガントレットの血を拭い続けながら。
ダンジョンの中だから汚れるだろうに、綺麗好きな事だ。
「そうか……だが丁度良かった。見てくれ、そいつらに仲間が毒を盛られたんだ。早く処置しないと手遅れになるかもしれないから、俺はこいつを連れて外に……ッ!」
ダメージから遅れて感じる程の衝撃と共に俺の体は壁に埋まっていた。
一体何が、殴られたのか?
誰に?
目の前の奴に決まっている、レイオンだ。
「レイオン。言っていた通りに私は援護しないでもいいのよね?」
レイオンの後ろに立っていたフレイアが壁に背中を預けながら言う。
2対1だと思っていたが、1対1か。
これならどうにかできそうだ。
「その考えは少し甘いんじゃないのか? ほら、早く立たないと終ってしまうぞ」
こちらの考えを見透かしたかの様な口ぶりで挑発してきやがる。
本気で掛からないと殺されそうだ。
幸い薙刀は装備したままだ。
「ほう……ドラゴンの癖して武器を使うのか。傲慢なケダモノらしくないな」
「お前……! 俺がドラゴンだと知っているのか!?」
よろめきながらも立ち上がった所に、更に追い打ちをかける様に俺の秘密を暴いてくる。
レイオンは血のかかっていない左手で髪を払いながら、誇らしげ鼻で笑った。
「貴様らドラゴンというケダモノは匂いで分かる。血生臭く、邪悪で、傲慢なドラゴン特有の破滅の匂いだ。……君もこの王都を侵略にでも来たのだろう?」
「違う! 俺はただここに旅をしに来ただけで……」
言葉の途中でレイオンの拳が飛んでくる。
右の拳をかわせば、左の拳がかわした先に飛んでくる。
左の拳を弾けば、かわしたはずの右の拳が下から跳ね上がって、がら空きの左の脇をえぐる様にかすめる。
速い!
直撃しないようにするのが精一杯だ。
「申し訳ない。ドラゴンの話など興味が無くてね! それに今日は休暇のちょっとした運動で来ているのだよ。そこまで手間をかけてやるつもりもないんだ。」
「ならせめてジョンを助けろ!」
「ジョン……そこのエルフか。同族のよしみだ、助けてやるさ。君を殺した後でね」
おまけに相手は余裕そうだ。
拳で戦う相手は聖の仲間の金髪の女以来だが、あのケイトと呼ばれていた女とは違うタイプの厄介さだ。
ケイトはスキルの効果による回避時のバフによって強化されていくスロースターターだ。
一方レイオンは自分から攻めて手数の多さと技巧によって最初から自分のペースに相手を飲み込んでいく。
あの時は面での攻撃で対処できたが、レイオンはそれどころか攻撃をする隙を与えてくれない。
このままだと押し切られてしまう……!
「『竜人化』ッ! こうなったら被弾覚悟だ!」
魔力による偽りの鱗。
この状態ならドラゴン形態の防御力に比肩する硬さを得られる。
そうすれば相手の一発よりも強い一発を叩きこめば、こっちの勝ちだ。
その証拠に何発かレイオンの攻撃が俺に直撃するが、鱗鎧を貫けるようなパワーは感じられない。
よし、行けるぞ!
「『到道突』!」
繰り出すのはただの突きだ。
ただし魔法による『腕力強化』と『噴炎』で最大限まで加速している。
薙刀の切っ先がレイオンを切り裂いた……かのように見えたそれは、レイオンの華美な服の一部だった。
舞い飛ぶ端切れが風にあおられ、俺の背後へ消えていった。
この時、俺は勝利を確信した。
かわしたという事は、この目の前のエルフはセルティミアの様に頑丈ではないのだろう。
そしてその速度はケイトやシャルロの様に風や雷とは程遠い。
相手は脆く、こちらは硬く、そして攻撃は当たる。
ならば勝てるのだ。
「『炎纏』『腕力強化』……行くぞ!」
そう考え薙刀を構えなおした瞬間に、俺は【ドラゴンブレイカー】の由来を知った。
「ああ、やっとガードを崩したな。……それでは本気で殴らせてもらおうか」
レイオンの姿がかき消え。
「な……?」
直後俺の腹を紅蓮が貫いていた。
「ドラゴンの鱗を貫く感覚は何度やっても最高だな……」
下を見れば、俺の腹に暗く赤い腕が突き立てられていた。
バチバチと俺の腹を焼くそれは血に濡れた炎だった。
「炎……? 今までそんな物は……」
「私の持つ属性魔法スキルは火と風だ。本気の一撃とは相手が隙を見せた時に叩きこむのだよ。覚えておくといい。……まあこれが君の最期だがね」
そう言ってレイオンは右手を掲げる。
俺の腹に突き立てられた左手と同じ様に炎を宿し、それは目を焼く程に強く燃え盛り。
ついには、俺の顔に……。
「嫌だ……死にたくない……」
自分でもこんなありふれた最期の言葉が出るなんて思わなかった。
前世の最期は死ぬ事にも無頓着だったのに。
我ながらおかしく思うが、それでも体は生を求め活動をした。
普段は大人しく、激しく体を動かそうと一定のリズムを刻み続ける竜の心臓が、狂ったようにのたうち回り。
血と魔力を供給するために呼吸は荒く、より多くの大気を求め。
人間の肉体が竜の鱗を宿し爪を生やし肥大化していく。
「なんだこれは」
レイオンが狙おうとしていた頭は弾けた。
代わりに生れて来たのは竜の頭。
勇者を喰らった悪竜は暴走し、腐食する血がレイオンに降り注ぐ。
「毒か! ……くっ、かわせない!」
しかし、血がレイオンにかかる直前に何かが間に割り込んだ。
血によって腐食され原形を留めない程に灼かれた体から、赤黒い爪の破片が落ちた。
それは魔物の爪であった。
「レイオン! 無事!?」
「フレイア! 使い魔を盾にしてくれたんだな。すまない。1匹失わせてしまった」
レイオンに駆け寄るフレイアの周囲には何体もの使い魔が控えていた。
いずれも生気はなくフレイアの指示1つで無機質なほど正確に動き、フレイアの盾となっていた。
「いいのよ。使い魔の1匹くらい失ってもいいわ。貴方を守るためだったらね」
「それは嬉しいが、あまり冗談を言っていられる程に状況は良くないぞ。思っていたよりもあれは上位の存在だったようだ……左手はもう使えないな」
レイオンは自分の腕を見てそう呟いた。
彼の腕は防ぎきれなかった毒血によって痛々しい程に灼けていた。
幸いなのはガントレットによって毒血の浸食の被害が抑えられ、この場で切り落とす必要がなかった事だろう。
「ラフィーがいれば万全の状態で戦えたが……油断した結果だ。受け入れるとしよう」
「あら、私だけじゃ不満? なんならもっと使い魔を呼びましょうか?」
「妬くなよ。それに必要ない」
レイオンは既に動かせない左腕を服の切れ端で胴に括り付けた。
そうして目の前で蠢くドラゴンのような何かを見て、余裕を持った表情で宣言した。
「このドラゴンは私が全力を持って破壊する」
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