頑強の騎士団長
この大槍……形状からして刺突用の騎乗槍か。
セルティミアは騎乗槍を構え、こちらへ突進してくる。
散らばった瓦礫を踏み砕き、破壊し、弾き飛ばしながら猛進してくる様はまるでイノシシのようだ。
「セアアア! 喰らえ!」
雄叫びと共に繰り出された大木の如く騎乗槍の一突きを、側面を手で捉える事で抑えこむ。
同時に騎乗槍を抑えた手から、同年代のドラゴンの突進の様な重さが足元に圧し掛かり、少しよろめいた。
この女騎士どんな膂力してるんだ……!
人間1人以上の大きさを持つ騎乗槍を、まるで腕でも振るうように軽く扱いやがる。
人間態の俺でも人間の限界レベルのパワーが出せるはずだが、それでも足がよろめきそうになる。
「ほう……吾輩の一撃を受け止めるとは中々の戦士だな。ならばこれはどうだ!」
セルティミアは長槍を俺の手から引き抜くように回しながら下げた。
普通なら、俺の手から柄が抜けて終わりだろう。
しかし、この騎士は半端じゃない。
回転のあまりの速さと籠められたパワーによって、俺の体は空中へと投げ出された。
まさか……!
「さあ、串刺しにしてやる! この攻撃にどう対応する? 吾輩に貴公の力を見せてみろ!」
空中で、体勢を直してセルティミアを見る。
騎乗槍を低く構え、落ちて来た俺を勢いをつけて穿ち抜くつもりだろう。
あのパワーを考えれば、『竜人化』でさえ貫いてくるに違いない。
「受け止めきれないのなら……かわすまでだ! 『噴炎』!」
距離を見極め、当たる直前の空中で炎を噴射し、ホバリングする事で攻撃を紙一重で回避する。
「そしてこの体勢なら、こちらから反撃もできる!」
俺の放った拳がセルティミアの兜にめり込み、甲高い音が響いた。
拳に力を入れて殴るだけの単純な一撃。
メインウェポンの薙刀は持ってきていないが、人間相手ならこれで十分だ。
「落ち着いて、こちらの話を聞いてもら……何!」
着地した俺の鼻先を騎乗槍の先端が掠めていく。
冒険者の嗜みとして着けていた革鎧が2つに別れ、創傷は俺の皮まで引き裂いていた。
半ば反射的に飛び退くと、先ほどまで俺のいた場所を騎乗槍が叩き潰していた。
「効いてないのか、兜がへこむ威力だぞ!?」
「確かにいい攻撃だが、素手の攻撃で吾輩に傷をつける事はできない。惜しいな、なぜ武器を持っていない? ……それも叩きのめして捕らえてから聞けばよいか」
「ま、待て。俺は本当に怪しい人間じゃ……」
「問答無用である! 次は外さんぞ!」
騎乗槍の良く研がれた先端が、先ほどよりも速く迫る。
だがこの程度の速さ、この程度のパワー、まだヴィデンタスの突進と比べれば鈍い。
だがかわすのでは、同じことの繰り返しだ。
仕方がない。
「止まらないのなら、こっちも本気でやるぞ!」
『竜魔術』発動……『竜人化』『噴炎』そして『炎纏』で拳に炎を。
思い出すのはオーガの長の炎の鎧だ。
『爪牙技』『はめ込み』で技の威力と踏み込みを底上げする。
「ふふふ、それが貴公の武器か……。見ただけで分かる圧倒的な魔力量! だが、吾輩の渾身の一撃で突き崩してみせよう!」
セルティミアの体から立ち昇るそれは、魔力ではなく熱気。
固く強く握り締められた騎乗槍と、セルティミア自身の闘争心によって湧き上がる熱が俺の魔力に匹敵するほどの力を引き出している。
そして俺の拳とセルティミアの槍の穂先が……。
「2人とも待って。今そんな事をしてる場合じゃないよ」
衝突する事はなかった。
俺の拳は空を灼き、セルティミアの槍は地を穿っていた。
衝突の寸前に間に入ったシャルロの剣と手によって、方向を逸らされたのだ。
「シャルロ……なぜ邪魔をする。貴女もこの不審者の仲間か?」
俺の方は何も言わない。
邪魔をされたと言っても、俺の方は乗り気ではないし正直ありがたい。
「そうだけど事情があるんだ。深い事情が。さあこっちに来てください」
シャルロは剣を納め、後ろに手招きをした。
すると、ソリティアが瓦礫のない場所を通ってやってきた。
途中から姿が見えないと思ったら、シャルロに保護されていたのか。
「貴女は確か……フィランジェット商会のソリティア様。なぜここに居られるのでしょう?」
セルティミアが俺に攻撃を仕掛けた時は一緒にいたと思うんだが……視野が狭いのか?
「ごきげんよう、セルティミア様。今回の件は私から説明させて頂きます。ですので……どうか槍を収めてください」
セルティミアは俺を横目で見た後、槍を引き抜き仕方なくといった感じで、騎士に声を掛け渡した。
それを見たソリティアは一礼をして、続けた。
「それでは場を移して私の館に向かいましょう。セルティミア様には道中で事の成り行きをお話しします。この場では人目に付きすぎますので」
馬車に揺られてフィランジェット邸に着いた瞬間、俺とは違う馬車に乗っていたセルティミアに頭を下げられた。
「申し訳なかった。貴公が人助けをしていたとは思わなかったのだ。許してほしい」
「あ、ああ……分かってくれてるのならいいんだ。許すよ」
「貴公の寛大さ感謝する」
あまりにも簡単に頭を下げられたので、思わず許していた。
あの豪快な戦い方と態度で、強情な騎士だと思っていたので驚いた。
てっきり、「私は悪くない、貴公が怪しげな動きをしていたのが悪い」とでも言われるかと思っていた。
「ふふふ、すんなり謝られて驚いているね? 『私は悪くない、貴公が怪しげな動きをしていたのが悪い』とでも言われると思ったのかな」
館の方へと歩いて行くセルティミアを見ながら考えていると、後から降りてきたシャルロに話しかけられた。
しかし俺の予想を言い当ててくるなんて、エスパーかよこいつ。
「そんな所だけど、よく分かるな」
「私も以前彼女の事をそういう人だと思っていたからね。古く堅苦しい口調のせいで勘違いされがちだけど、彼女は騎士であった祖父に憧れている純粋な人なんだよ」
そう語りながらセルティミアを見るシャルロの目に、俺はほとんど何も感じ取れなかった。
それは俺がシャルロを恐れているからかもしれないが。
「詳しいな、知り合いなのか?」
「ああ、そうだよ。私が以前騎士団に所属していたって知らないかな? 彼女とは団長の座を賭けて決闘をした仲さ」
「それは……初耳の気がする。警備隊長をしてるって事は負けたのか?」
言ってから少し後悔した。
こういう事は親しくない限りは聞くべきではないし、そもそも俺はシャルロと親しくなりたくない。
「ああ、勿論負けたよ。彼女は特別なスキルを持っていてね。私が幾ら攻撃を当てようとものともしないから、根負けして私が降参したんだ」
だが、シャルロは答えた。
それもその声は少し喜んでいるような気がした。
俺はこれ以上この女と話をしたくないので、適当に相槌をうって館の中に入った。
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