関所にて
登りがあれば降りもある。
俺達はこの1週間を坂道を登り、降り、登り、降り……繰り返し続けてやっとの思いで、セラフィ王国から東エルクスに繋がる関所に着いた。
フォーク連邦国に行った時はソリティア隊商の護衛で、ほとんど何もなく素通りできたが、ここはそうもいかない。
東西を繋ぐこの関所は、セラフィ王国に入る危険物や出て行く重要物を細やかに取り締まらなければならない為、特別な許可のない限り数日かけて審査が行われる。
だからこの関所は周囲に大きな街が形成されている。
審査を待つ者、関の職員、それらを相手に商売をする者達はほとんどがセラフィ王国の人間だ。
だから関のこちら側と向こう側は異なる国だが、この関所の周りだけはセラフィ王国の色彩に染まっている。
「――というのが、俺が知っているこの関所の情報だな」
「うわぁ……ポートポールの人達は皆あの街で働いてる地元の人って感じだったけど……ここの人達は私達と同じ旅人ばっかりだね」
目の前で酒をジョッキで飲み干す人間達を見て、クリエが引いた感じで声を漏らす。
まあ昼間から酒を飲んで大笑いしてる奴らなんて、農村育ちのクリエが見た事あるはずもないか。
王都ではたまに長期の依頼を終えた冒険者達が、朝から晩まで騒いでいてたまに見かける光景だったけどな。
「クリエ、ちょっと観光してみようか。どうせ関所を通る審査には時間がかかる。先に宿を探すついでに見て回らないか?」
「賛成! ねえ、私あれが食べてみたい!」
俺が提案するなり、即座にそこらの屋台に突進していく。
苦し紛れに言ってみただけだが、思ったよりも食い付きが良くて助かった。
クリエの欲しがる物を買い与えて、食べている間に考える。
さて、この関所どうやって越えようか。
言わずもな、俺は現在追われている最中。
関署にだって俺の情報を知らされている奴はいるだろうし、そんな状態で通ろうとしても何かしらの理由を付けられて足止めを喰らうだろう。
そしてそうやって時間を稼がれている内に、レイオンやシャルロが到着して俺は討伐される。
だから真正面から関所の審査を受けるなんて論外だ。
けどなぁ……。
「賄賂は受け付けてくれるか分からない。ドラゴンになって跳び越えても、今度はクリエが俺を不信に思うだろうし……」
クリエには俺の正体を伝えてないし、
関所の審査を受けた上で、俺がヒトゥリだと知られずに通る方法なんて……あるのか?
「おい、そこのお前」
唐突に背後から肩に手を置かれる。
まずい。
今兵士に捕まっても言い訳が思いつかないぞ!
「お、やっぱりヒトゥリじゃねーか。どうしたんだよ、こんな所で。お前確か連邦国に行くって話じゃなかったか?」
「……ジョン?」
「なるほどねえ。それでマリーのお嬢ちゃんと別れて、そこのクリエって子を連れて旅をしてるのか。……大変だったなぁ」
ジョンの哀れむ視線はクリエに向いていた。
俺がドラゴンや転生者だという話を伝える訳にもいかなかったので、聖との一連の出来事や、国境線での戦いを除いた部分だけをジョンに話した。
ああ、それとクリエの精神状態についても話さなかった。
だからジョンの中ではクリエは【皇国との戦争によって両親も祖父も幼馴染も失った女の子】だ。
ジョンの事を考えれば、一層可哀想に思えるんだろう。
「私はこうやってヒトゥリさんと旅ができるから、今は幸せだよ。そうやって前に進まないと、村の皆が悲しむもの」
「……この子良い子だなあ、ヒトゥリ! 困ってる事があったら言えよ! 俺何でもするから!」
『前に進まないと』か。
クリエの精神が前に進んでいるのか、それとも停滞しているのか俺には判別つかないが……。
それよりもだ。
「お前は何でここに居るんだ? 故郷の恋人はどうなったんだ」
こいつ故郷に残してきた恋人の為に、王国で金をためるんじゃなかったのか。
そんな感情を籠めて聞いてみると、ジョンは慌てた様子で首を振った。
「違う違う! 目的は忘れてねえって。ここに来たのは依頼だよ。それも長期で大金を稼げる依頼だ!」
「依頼? 関所からか。確かに国からなら大金を貰えるかもしれないな」
「それも違うんだなあ」
ジョンはそう言って後ろを振り返り、旅団を指差した。
「護衛か。確かにそれなら金は貰えるだろうな」
基本的に護衛は信用されている冒険者にしか、割り振られない仕事だ。
ランクで言えばB級程度が良く引き受けていた記憶がある。
長期でしかも信用されている冒険者にしか与えられない仕事だから、その分金払いも良いのだ。
「まあ護衛っちゃ護衛だが。ただの護衛じゃないぜ。なんとあの、ライブラリア開拓団の護衛だよ!」
……そうか。
確かについ先日、港町での聞き込みをした時に募集をしていると聞いた。
貴族の私設で大規模な開拓団なら、金払いも良いし比較的安全か。
ん?
待てよ。
「ジョン、お前さっき何でもするって言ったよな?」
「言ったが……何をさせるつもりだよ。俺は勢いで言ったからな? 無茶な事はさせるなよ?」
「無茶な事ではないな。ただこの子を関所を抜けるまで預かっておいて欲しいだけだ」
「私?」
そう言って脇で串焼きの様なものを食べていたクリエを差し出す。
要は俺が一緒に居なければこの問題は解決するのだ。
クリエ1人なら関所は通れる。
ただどうなるか分からないので、俺がクリエを1人にしたくなかっただけだ。
だから他にクリエの側に居てくれる保護者がいるなら問題はない。
「それは……別に構わないが、お前は何をする気だ? 何か用事でもあるのか」
「そうだよ。私、ヒトゥリさんやマリーさんと旅がしたいの。こんな所でお別れは嫌だよ」
2人から問い詰められて、少し答えに困る。
まさか本当の理由を伝える訳にもいかないしな……。
「大丈夫だよ。本当に。俺はただ用事を済ませなきゃいけないだけだし、関所を抜けた所で合流しよう。ジョンだって他の開拓団の団員を待たないといけないから少しくらい待つんだろ? 1時間や2時間遅れるくらいだから心配しないでくれ」
「本当、ヒトゥリさん?」
苦しい言い訳になってしまった。
クリエは俺を信じ切れずにいるようだが、ジョンはどうだ?
ちらりと視線を上げてジョンの顔を見る。
「ヒトゥリ――いや、分かった。何も言うな。マリーお嬢ちゃんと別れて、クリエちゃんを連れて旅をしていたんだもんな……溜まってるんだろ?」
ジョンが心得顔でウィンクをする。
一瞬意味が分からずに思考が固まったが、ようやく分かった。
こいつ下世話な勘違いをしてやがる!
「は? 違う……」
「みなまで言うな。俺も男だ。分かるぜ。例え遠くに恋人がいたって溜まる物は溜まるからな。心配するな、クリエちゃんは俺が責任を持って預かる。なんならいい店を紹介してやってもいいぜ!」
「いやなんて言うか……もうそれでいいです」
癪に障るが、訳を話せない以上はこのまま勘違いしていてもらおう。
その方が都合が良い。
溜息をついて下を見ると、クリエがこちらを見上げていた。
そして俺とジョンの顔を交互に見ると、彼女も溜息をついてこう言った。
「最低だね、ヒトゥリさんもジョンさんも」
「クリエ!? 違う! 違うからな、俺はそういう男じゃ……」
「何だ、違うのか? じゃあどういう……」
「いや、もう……もう、うるせえ! 放っておいてくれ!」
頭を抱えてしゃがみ込む俺を、通りがかる人々が不思議そうに眺める。
だが気にしない。
もう俺を放っておいてくれ。
クリエ、それが分かる年齢だったのかよ。
出来る事なら、フィアウェルだったお前とそういう話をしたかったよ。




