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ドラゴンリベレーション  作者: 山田康介
憎悪の国境線:無辜の少年と敗残兵
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外伝:破壊への手引き

 コォォン……。

 竹によく似た加工物が水の重さに耐えきれず傾き、石を打って水を落とし、反動で再び水を受けに戻る。

 私達の話を聞いた職人の作った鹿威しは、完璧に私達の懐郷の念を慰める事に成功していた。


「あ~温泉入ったのなんて何年ぶりだろ。イメージを伝えただけで岩盤浴も作ってくれるなんて、至れり尽くせりだよ」


 座っている私の隣に聖先輩が浴衣を着て、両手に牛乳……によく似た飲み物を持ってくる。


「はい、これ」


「ありがとうございます、聖先輩」


 私はそれを受け取ると、蓋を剥がして口をつけ中身を一気に流し込んだ。

 魔道具で直前まで冷やされていた飲み物は、温泉で火照った私の体を内から冷やしていく。

 聖先輩の療養の為に来た温泉は、私達異世界人が過ごしやすい様に手を加えられていた。

 全部、聖先輩が療養に来ると知ってからの短期間で拵えた物だそう。

 本当に至れり尽くせりだけど、だったら最初からあんな事に巻き込まれない様にしてくれれば良かったのに。


 数日前、囚われていた竜輝先輩が脱走した。

 私がその一報を聞いたのは、昔なじみの様子を見てくると地下牢へ行った聖先輩を見送った直後だった。

 心の中で何度も聖先輩の名前を呼びながら、現場に向かうと地下から全身大やけどを負った先輩が運ばれてきた。

 最初誰か分からなかった。

 顔も首も腕も脚も体全体が大やけどで、元の肌の色は残っていなかった。

 

 また、だ。

 また聖先輩が傷ついた。


 私は周りの事なんて気にせず叫んで聖先輩に駆け寄って、全力で『極白癒手』の魔法を使った。

 光に包まれた先輩から火傷は痕も残らず消えて、周りの人は奇跡だと口々に賞賛していたけど。

 私には周りの人がなんでそんなに能天気なのか分からなかった。

 だって、まだ先輩をあんな風にした竜輝先輩が生きてるのに、安心したり喜ぶことなんてできない。

 そうでしょ?


「――里、絵里? 聞いてる?」


「えっ、あ! はい聖先輩、すみません。少し考え事をしていました」


 いつの間にか、聖先輩が私の顔を覗き込んでいた。

 慌てて取り繕うけれど、私はいつも通り笑えているかな。

 考えていた事が顔に出ていないかな。

 聖先輩には悟られたくない。

 優しい先輩は、きっと誰かを傷つけようとしている私を知れば悲しむだろうから。


「そうなんだ……。何か悩んでるなら言って欲しいな。絵里には色々負担をかけちゃってるから、そういう事ぐらい役に立ちたいしさ」


「大丈夫です。気にしないで下さい」


 ――悩みの種は聖先輩ですから。

 そんな事言えるはずもないし、私はただ突っぱねる様に口を閉ざしてしまった。

 そうしたら今、私と聖先輩の間に壁が生まれたのを感じた。

 

「聖先輩、私ちょっと席を外しますね。レインちゃん、のぼせてるかもしれませんから見てきます」


「あ、うん。いってらっしゃい。2人が帰ってきたら夕飯にしようか」


「はい。夕飯も日本の食事に寄せてくれているそうですよ? 楽しみですね」


 後ろ手に扉を閉めて、笑顔を解いて息を吐く。

 ああ、気付かれちゃった。

 私がこの世界を辛いと感じてる事も、それを隠そうとしてる事も。

 嘘をつくの下手になっちゃったな、私。



 しばらく宿の周りを散策していると、崖沿いの静かな小川に出会った。

 この辺りは本当に日本に似てる。

 川の流れの縁に佇むと故郷を思い出す。

 そういえば、私はこうやって1人でいるのが好きな子供だったってお母さん言ってたっけ。

 こんな思いに浸るのはきっと、聖先輩を治した直後にあんな話を聞いたせいだ。

 ……ここに来る前、私は大統領の側近のバレアスさんと話をした。

 


「邪竜の毒血のおかげで土地は分断されて、戦争は終わった。それは君達の功績でもある。感謝する。ただし1つ知っておくべきだ。あの邪竜は兵士と民の間で戦争を終わらせた神と崇められた。……勇者ヒジリが邪竜を倒すのに葛藤していたのは知っている。だからこの事は彼には伝えない方が良いだろう」


 それだけ伝えて立ち去ろうとするバレアスさんを、私は慌てて引き留めた。


「ま、待って下さい! どうして聖先輩じゃなくてあの邪竜なんですか。あの邪竜は連邦の人だって殺したんですよ!?」


 聖先輩は仲間を守る為に昔の友達を殺す覚悟までしてたのに、まるで聖先輩の行動や葛藤を無意味みたいに。

 そんなのはあまりにも酷い。

 私の問いにバレアスさんは簡潔に答えた。


「兵士が最も恐れていたのはな、災害ではない。勇者だよ」


「えっ?」


 バレアスさんの冷たい目に私が映っている。

 勇者と呼ばれて、装備を与えられて、この世界に来た時に授かっていたスキルを振るう私が。


「強大な力を持つ者はそれだけで恐怖になり得る。それが現実に目の前に存在し、敵を屠り、味方を屠る。勇者と言う言葉は戦場では希望と同時に絶望の象徴なのだよ」


「そ、そんな。だって私達は……」


「多くの命を助けた。それは事実だ。今も兵士の多くは君達に感謝している。だが前線で勇者の戦力を見た者は、心の底の恐怖を忘れられないのだ。私や連邦の強者とは別種の、まさに規格外の力を振るう君達の力への恐怖を」


「聖先輩の力は大勢の人を守る為に努力して付けた力です! 私の『極白癒手』だって人を癒すための……」


「それは知っている。連邦は君達2人を真に同胞として認めている。だが……同時にかの邪竜に対して感謝してしまっているのだ。『戦争はいつまでも終わらず、勇者達は肩を並べるにも立ち向かうにも強大過ぎる。それらからやっと解放してくれた』と。……君は知っておくべきだと思うから話した。大丈夫だ、彼を守りたいんだろう? 何かあれば我が力を――」


 バレアスさんの言葉は心の奥に、深く重くのしかかっていった。

 酷すぎる。

 私はともかく、聖先輩は皆を守る為に心を削りながら人を殺してたのに。

 あんな泣きそうな顔をしながら、ヒトゥリを撃ち抜いたのに。



 それから先の事はあまり覚えていない。

 私は悩みを忘れる為に、聖先輩が目を覚ますまで看病をしていたし、それからすぐにこの療養に出発する事になってしまった。


「でもね。やっぱり思うの。この世界には先輩を傷つける人が多すぎるよ……」


 浴衣に似た服の袖からペンダントを取り出して掲げる。

 禍々しい瞳の紋章、その紫の瞳の中心に私を映して呼びかける。


「だから私にあの話の続きを聞かせてください」


 そう言った途端、川のせせらぎも木々の葉擦れも鳥の声も、全てが消えた様に遠くなった。


「ここって連邦? ファーストコンタクトは皇国だったのに、時間も場所も離れたね。絵里さん」


 紫の瞳に映る私の後ろに少年が立っていた。

 振り向くと浅黒い肌と、この世界では珍しい黒髪黒目の少年が覇気のない顔でこちらを見ている。


「えっとハムラ君……だっけ?」


「ハムラ・ジャロル。ハムラでいいよ。年下だし。で、絵里さんは決心ついたわけ?」


「うん、私。貴方達の話に興味があるの」


「おっけー。じゃあ手、握ってくれる?」


 ぶっきらぼうに差し出された右手を握ると、即座に浮遊感に包まれた。

 まるで記憶が飛んだみたいに、気付けばあの小川ではない場所にいた。

 上も下も右も左も前も後ろも、何もかもが真っ黒。

 突然の事に平衡感覚を失って、私の足はありもしない空中に足場を求めて天を向いた。


「はい到着。……おっと、そういえばここは慣れてないと、そうなるんだっけ?」


 その場で一回転して転びそうになった私を、ハムラ君が肩を掴んで抑える。


「あ……ありがとう、ございます。ハムラ君」


 恥ずかしくて顔も合わせないままにお礼を言うと、ハムラ君は私の手を握って先を歩き始める。

 慣れない私の為に先導してくれるみたい。


「別にお礼とかいいし、それに呼び捨てでいいって言ってんだろ」


「ご、ごめんね?」


 やっぱり年下の男の子との関わり方って分からない……。

 なんでこんなに怒ってるんだろう。


「ふーん、その子が新しい同盟員か。ジャロルその子の事好きなの?」


「はっ!? 別に好きじゃないですけど。やめてくださいウラガミさん、そうやってすぐに恋愛に結びつけようとするの」


「えー、別にいいんじゃない? 君が誰を好きになろうが君の自由だしね」


 だんだんと暗闇の奥に、何かが見えてきた。

 円卓と椅子と……不思議なオブジェ?

 そこに3人が座っている。

 どうやらその内の1人がハムラ君に喋りかけてるみたい。


「じゃあいいじゃん。放っといてくださいよ」


「ああ、放っておくよ。だって大した興味もないしさ――僕と同じ子を好きにならない限りは」


「ひっ」


 人影から今まで感じた事のないような敵意が向けられる。

 私じゃなくて隣のハムラ君に対してだけど、見ているだけの私ですら足がすくみそうになる。

 だというのにハムラ君は何でもない様に前に進み続ける。


「はいはい。ならないよ。というかウラガミさんが人を好きになる事なんてあります? ナルシストじゃないですか、あなた。」


「それぐらい、あるよ。僕は僕以外の人をちゃんと見てるし。そこの化け物とは違うんだよね」


 やっと私はハムラ君に誘導されて席に着けた。

 円卓を挟むと何かの魔法の効果か、人影の姿がはっきりと見えるようになっていた。

 あんな戦争でもなかった敵意を向けていたのに、ウラガミと呼ばれた魔人の男性は朗らかに笑いながらオブジェを指差す。

 それにしても不思議なオブジェ。

 丸い球を2つの輪っかが囲んでいて、しかもその輪っかには幾つもの目が浮き出て動いている。

 化け物って、まさかあのオブジェが?


「……それは私の事ですか?」


 驚いて出そうな声も喉で止まってしまった。

 球が振動して、震えた音がまるで女性の声の様に聞こえてくる。

 これは魔物?

 でもこんな悍ましい魔物、皇国の図鑑でも見た事ない。


「アンタ以外誰がいるのさ。誰彼構わず取り込もうとするアンタ以外みーんなお互いの事を知った上で距離を近づけてるよ」


「そうですか。私には関係のない事です。所で新しい同盟員が来たのですから、早く会合を始めるべきです」


 そう言って奇妙なオブジェは無数の目を1人の人物に向けた。


「ちっ、無視しやがって。……まあそれには同意だけどさ。ほら魔王、同盟員が来たんだから目を覚ましてよ!」


 ウラガミに声を掛けられたローブを深くかぶった人物が目を覚ます。

 その人は私の方を一瞥する様子を見せると、低く呻いて椅子に座り直す。

 ああ、驚き何も言えないまま会合が始まってしまう。


「そうか俺、いや貴様が新しい同盟員か。アポカリプスに続いて……ああ、これは言っちゃいけないんだったな。まあいい。それでは会合を始めよう――」


「待て」


「なんだアポカリプス」


 私の正面に座っていた、今まで一言も発していなかった男性が声を上げる。

 アポカリプスと呼ばれた彼は、特徴のない顔を不満気にしながら私を指差す。


「その女、本当に我らの同盟に相応しいのか。ウラガミの威圧で悲鳴を上げていたが」


 しわがれた声で追求され、私は冷や汗をかく。

 確かにこの同盟の雰囲気は異様だ。

 ウラガミの異常な敵意も、謎のオブジェの正体も不明。

 ハムラ君は比較的普通の男の子に見えたが、彼でさえエルクス大陸に存在しないとまで言われる、時空の属性魔法を行使できた。

 アポカリプスは普通に見えるが、彼が最も異常だ。

 こうして正面で話しているというのに、彼だけ未だに顔を覚えられない。

 分かりやすく言えば、記憶する為に特徴を見出そうとしても顔の輪郭すら完全に把握できない。

 徹底的に正体を隠している。


「確かに。ボクが送り返す?」


「いやー、顔をも見られたし面倒なんだよね。僕は有名人だから、バラされると困る」


「ならば、私が保護すべきです」


「……一応彼女は我が見出したんだけどなぁ、同盟長の私の推薦だぜ?」

 

 全員の瞳が私を映す。

 怯え震える私を。

 確かに、この場はそんな私には相応しくない。

 そんな事は分かってる。

 

「――でも、それでも」


「ん? 何だい?」


 目を瞑れば聖先輩の姿が見えてくる。

 私はあの人の為にやらないといけないんだ。


 竜輝は聖先輩に執着している。

 竜輝が生きている限り、聖先輩は安全じゃない。

 それだけじゃない。

 ダイアモンド大統領は聖先輩を英雄にしようとしてる。

 また戦場に立たせようとしている。

 邪竜ヒトゥリは生きているだけで先輩の心を傷つける。

 連邦軍の人達は先輩を恐れてる。

 皇国から連邦から逃げた時、ここなら安全だと先輩は言っていた。

 でも敵だらけ、どこに行っても敵だらけなんですよ、先輩。


「私は、泉水絵里は聖先輩を守る為に入りに来ました。この――世界破壊同盟に」


 私はアポカリプスに向かって静かに叫んだ。

 もう声も体も震えていなかった。


「……くくく」


 相変わらず覚えられない顔で、アポカリプスは笑った。

 さも面白そうに、この世で一番面白い物を見たと言わんばかりに、抑えきれない笑いを零し続けた。


「ふぅん。まあいいんじゃないかな? 魔王もエリの力が必要だって言うんでしょ?」


「弱き者でないのなら、私が保護する必要もありません」


「ボクは別に……皆が良いって言うんなら」


 笑うアポカリプスを他所に、3人は私が同盟に入る事に納得してくれたようだ。

 様子を見るにアポカリプスも反対はしないだろう。


「ああ、どうなるかと思ったー。それじゃあこれで俺達も晴れて6人目の同盟員を迎えられたってわけだ」


 魔王は跳ぶ様に席を立つと円卓の上に立ち、私の方へと歩み寄る。

 そして、そのローブを取り去った。


「歓迎しよう。ようこそ我らの同盟へ。7つの大罪には足りないが、それで良い。ここは悪逆非道残酷蒙昧なる欲望を持つ者、あるいは誰にも理解されぬ欲望を持つ者達の集いなのだから」


 人間、ゴブリン、スライム、オーガ、ワーウルフ、ワイト、ワーム、サハギンそしてドラゴン。

 私が理解できないだけで、もっと沢山の種族が混ぜ合った様なナニかがローブの下に蠢いていた。

 そしてそれを目にして、『極白癒手』の副効果で理解してしまった。

 この混ざり合った者達は1つ1つに自我がある。

 彼らは生まれた時からこうだったんじゃなくて、誰かに不完全に混ぜ合わされて、そして気が狂ってしまったんだ。


「うっ……」


 吐き気を催している私など気にせず、魔王は演説を続ける。


「嘆け、俺が断定しよう。お前達は皆クズだ。だが喜べ、私が肯定しよう。君達は皆正しい。この同盟にいる限り全ての冒涜は許される。思うが侭に盤上を荒らせ。さあ貴様らの欲を宣誓しろ。共に叶えようじゃないか」


「時読みハムラ・ジャロル。ボクはこんなガキに全責任負わせようとした世界を滅んでもらう為に」


「母星フラウロス。私は全ての意識ある物を私の中に蒐集して、消える前に保護する為に」


「皆のヒーロー、ウラガミ・ヤセイ。僕がこの世で唯一の僕である為に」


「信奉者アポカリプス。全ての知識を我が物とする為に」


「えっ……あっ、勇者泉水絵里。聖先輩を敵から守る為に」


 唐突に始まった宣誓に、戸惑いながらも続けると、私の目の前の魔王は円卓の中央に歩き宣誓した。


「魔王レクタム・ミゼル! 我を、俺を、私を、僕を! この身の内と外に偏在する自己を1人残らず滅する為に! そして全ての元凶をこの世に引きずり落として喰らう為に!」


 全生物の醜い王。

 きっと彼には自分と他人の区別はついていない。

 1人分の精神の殻に数百種類の生物の精神がひしめき合って、どれが自分でどれが自分じゃないか分からなくなってしまったんだ。


 もしかしたら私は聖先輩とは正反対の道に踏み入ってしまったのかもしれないけど、それでも私は止まるわけにはいかない。

 だって私は、聖先輩を守らないといけないんだから。

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