ポニウム村の冒険者 3
ーー何が起こった!この光は一体!!ーー
瀕死のグラウカの周囲に、眩ゆく美しい法則性を持った光の波濤が押し寄せ、周囲の冷えた空気も、殺気も吹き飛ばされる。オークの攻撃を必死に避け続けたグラウカの身体はすでにぼろぼろで、あちこちに醜いオークが嬲り殺しにしようと拷問した痣や傷が溢れている。ぐじゅぐじゅとニヤけたようなあの上位オークの恐ろしい顔が眼前にはあったはずだが、それもこの光に包まれ消えている。光の束の密度は自分の身体を捉えられないほど濃い。そして今や穏やかな鐘の音が響き、グラウカは自分が死についに天に召されるのだと思った。
「まだ生きていますね!安心しました!」
謎の若く優しい男の声がグラウカを現世に呼びとめた。今にも閉じてしまいそうな瞼を大きく見開くと、光の柱が次第に薄らいでそこに人影が立っているのがわかった。騎士だ。それも並の騎士とは違う白金の美しい鎧を纏った騎士!伝承に聞くような金髪碧眼の勇者のようではないか!薄氷のような薄く蒼い刀身の長い細剣を肩に立てかけツカツカとこちらに歩いてくる。その後ろの大地には、骨に肉がこびりついた大きな死体がじゅうじゅう。と音をたて、その骨に握られた鉈は赤熱を帯び溶けていたが、先程グラウカが戦っていたであろうオークに違いない。グラウカの緊張の糸が切れ、パタンと膝から崩れ落ち気絶した。
その金髪碧眼の騎士の名は「アルバ・ドロンサール」
霊剣ギスレーヌを神の祝福によって与えられ、アルウェンシス王国の随一の騎士タークに師事し、剣の腕を磨かれた優男。人を助けることにその人生の全てを賭けるような熱い信念を持つ騎士であった。
「師匠はどこに行かれたんだろうか…森の魔獣達がもつ魔力もどんどん濃くなっているようだし、こんな小さな村の近くにまでオークが現れるなんて……」
アルバはグラウカをひょい。と担ぎあげると、口笛を吹いて愛馬フェリコンドを呼び出した。たかたかと規則正しい音を立てて、森の木の影から白色の身体に金色のたてがみを持った佐目毛の馬が現れる。アルバはフェリコンドにグラウカをそっと乗せて、自身も鞍に跨った。
「フェリコンド。近くの村の匂いまで急いで走るんだ。この人はすごく傷ついている。いいね?」
フェリコンドは数度頷いたように首を上下させ、走り出した。雲に覆われたノテノールが顔を出し、アルバの鎧をキラキラと旋律のように煌めかせる。
四別刻ほど森をかきわけ村に着くと、その低い柵に覆われた入り口で、一組の男女が泣いていたが、フェリコンドに乗せられたグラウカを見るなりへたりこんで、さらに泣きじゃくった。仲間が死んだと思ったのだろう。
ーー服装を見ると冒険者と巫女のようだ。村には小さいが教会もあるようだしもう安心だ。この人はきっと仲間を守るために必死で戦ったんだな……ーー
「この人は無事です。傷は深いですがもう大丈夫ですよ」
アルバは駆け出しの、泣き顔の二人を見つめて優しく微笑んだ。青年と少女も瞳に涙を溜めて、安心したように騎士を見つめている。そしてすぐにマリリスとフェティダは勇者を教会まで案内した。
村の小さな教会につくなりすぐにフェリコンドからベットに担ぎ込まれたグラウカの身体を、中位祝福魔法フィークスの光が包み込む。痣はゆっくりと消え失せ、グラウカの本来の肌の色を取り戻す。ひしゃげた腕も傷もゆっくりと癒しの波動を与えられ、元に戻りつつある。
先ほどまで瀕死だったとは思えないほどに回復し、すぐに目を覚ますだろうとアルバは思った。師を探す道すがら、幸運にもこの若者達を助けてやれたのは運命のような気もするというものだ。思わず笑顔が溢れる。そんな優しい、まさに勇者のようなアルバを見て、グラウカの無事を喜ぶ二人も微笑むのであった。
アルバに不思議と神託めいた思考が巡る。
彼らは鍛えなければならない。そう告げられた気がした。