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砂漠の騎士  作者: 波崎ひかる
第一章
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レグエルグ神殿 3



 「眠気が失せた。サウンデルここは一体なんなんだ?」


 「ここは永遠(とわ)の時の中で削り出された礫砂漠・砂砂漠(レグ・エルグ)の神殿でございます……」


 「……なるほど詳しく説明しろ」

 

 神殿外周部の広大な砂漠から、(さえぎ)られることのない乾いた冷たい風が、このおかしく均整を保った跡地に砂を運ぶ。騎士と馬はその距離をぎこちなく互いを探るように保っている。


 それから魔馬サウンデルは語り始めた。


 『かつてよりここは、広大な砂に閉じ込められた悠久の大地でしたが、あるとき人間や魔族が現れるようになりました。事の原因は次元魔法によって歪められた天上を見上げればはっきりと分かったのですが、落ちてきた人間や魔族は、何もないこの砂漠で生存競争を放棄して馴れ合いはじめました。何も腹を満たす物も乾きを潤す物もない場所でしたので、お互い食い合うというのも先をみれば(むな)しいことだと思えたのでしょう。束の間の平和が訪れました。そしてしばらく後、それを目にしたアドニス(豊穣の神)が祝福を与えてここにオアシスを生んだのです。我らはアドニスに感謝を示す為、神殿を造り祈りを捧げ、束の間の繁栄を掴み人魔のアデニウムが建国されました。それはそれは素晴らしい国で、落ち人や知恵の高い魔族がエレクトラム(聖魔合金)も生み出したのです。』


 まさかこんな辺鄙(へんぴ)な砂漠がエレクトラムなどという物を生み出したとはタークにはいささかも信じようがなかった。人も魔族も、ささやかな樹木や虫さえもいない砂まみれの神殿には繁栄の影は微塵(みじん)も残っていないのだから。けれどもタークは、サウンデルと戦った際に自分が放ったダガの光の軌跡と、閃光で目に焼き付いた柱のレリーフ(壁画)をスキル描写で浮かび上がらせた。描写は微かな時間でも、自身が捉えた風景や印象を鮮明に記憶しスキル保持者のみならず他者の精神にさえ映し出す事できるもので学者肌のタークにはとても合ったものである。


 スキルで浮かび上がったものはまさに白金(プラチナ)や金、銀で描かれたレリーフだったのだ。その絵の中では元来わかりあうことが不可能とされる、人と魔の者達との豊かで(いつく)しみを(たた)えた素晴らしい営みが映しだされている。息を飲むほどの緻密(ちみつ)な細工が施され、この神殿がたしかに祝福を与えたアドニスに対する最大の返礼だと感じた。気付けばなんということだ!今踏み締めているこの何の変哲もない石床さえも研ぎ澄まされた白瑛石(はくえいせき)ではないか!しかしいややはり疑問は残った。


 「なぜここは(さび)れたレグエルグの胃の中に戻ってしまったんだ?」


 「……リトープスです」

 

 今周刻(ことし)で二十八周りの時を過ごし様々な知識を学んでいたタークであったが、元の世では聞いたこともない言葉だ。王国ならいざ知らず、未知の砂漠にあるタークには意味のない言葉かも知れなかったが、この馬から聞くべきことは多いだろうと直感した。


 「リトープスとやらは一体何なんだ?」


 サウンデルの駒がかすかに震え、しばしの沈黙の後、闇の中に溶けるような漆黒の魔馬は語り始めた。

 

 『リトープスとは虫を操る妖魔(ようま)です。闘いを忘れたアデニウムの民たちは、成す術もなくその魔力の前に散っていきました。奴はエレクトラムを、人間を殺す為に使う腹づもりだったようで、最初は落とされた哀れな妖魔を装って民達に近づき、そして気付かれることなく虫を植え付けて行ったのです。魂虫はその魔力神経に取り憑くと宿主(やどぬし)を仮死状態にし狂乱を与えます。……そうです。私たちはかつてのように再び殺しあったのです。平和の象徴として生まれた半人半魔までも喰らいつくして……』


 先ほどまで操られていた哀れな魔馬はこう続けた。


 『私はその頃でも一番強い魔族でした。私だけが最後に残ってしまった。殺めてしまった。平和や友好、未来に残されるべき宝さえも』


 おそらく心の優しい馬なのだ。流刑のこの地で抑留され仲間、いや家族のようなもの達まで殺めてきたのだ。その悲しみはタークの眠っていた暴虐への義心を再び芽吹かせた。消して許すことの出来ぬ邪神だ。


 サウンデルは一挙に解放された精神を、めいいっぱい自らで傷つけてわんわん泣いた。他者ではきっと推し量ることのできない激痛が、餓死もできなかった魔馬を永遠にこの砂漠に縫い付けてしまうのだろう。タークはそこまで(おもんばか)り、以前であれば思いつきもしなかったことを言った。


 「サウンデルよ……リトープスを殺そう。」


 タークが心を決めた時ペレイデス(太陽)が灼熱の魂となって東の空から現れる。



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