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砂漠の騎士  作者: 波崎ひかる
序章
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逆光 2



 タークが坑道に足を踏みれると、湿った風が奥から不快な臭いを運んできた。血と油が混じったような独特の臭気は魔獣が放つものだ。おそらく(さら)い喰い散らかされたレヤヌの商隊の骸もあるのだろう、その魔獣の臭いに人の朽ちたすえた酸性の吐き気のするものが更に混じっている。


 あらかた掘り尽くされ、曲がりくねり迷宮のように入り組んだ岩石の坑道は、放置されて長い時の刻みを経て、いよいよ文字通り魔の巣窟に成り果てたようだ。タークは右手で岩肌を闇に溶けてしまわないよう探りながら魔の根源へと足を進める。


 この暗黒騎士の如きタークは、魔獣討伐など誰の力も借りず容易に済ませてしまうほど卓越し磨き上げられた神技の持ち主であったが、油断が死を誘うことを幾つもの死線から学んでもいる周到な男であった。


 明かりを無駄に持ち込めば光を嫌う魔獣どもが殺気を漂わせて、あっという間に徒党を組み、一方的な塹壕掃討戦になってしまうだろう。無駄な音も立てるべきではない。長く闇に身を委ねてきたタークのその鎧は、駆動部に特殊な魔獣の皮であしらえた樹脂のような緩衝材がくまなく仕込まれていて、無音と言って差し支えなかった。


 やがて、タークは大蛇が丸呑みにした獲物を消化するような大きな場所に辿り着いた。やはり光源ひとつない静かな空洞ではあったが、微かに魔の気配がする。おそらく身を潜めたつもりの魔獣がそこかしこで新たな闇の主人を見据えているだろう。と騎士に直感させる。そぞろ集まってくる濃い闇の気配が静かにタークを取り巻きはじめた。


 「……グラヴィクシオ」


 微かな魔の気配を嗅ぎ取り、騎士が掠れ消えてしまいそうな小さな呟きをする。


 詠唱の直後、坑道がガタガタと震えはじめる。その声を聞き逃さなかった魔獣がいよいよ殺気づいて殺到する。矮小なゴブリン、怒りの権化オーク、屍喰らいのワームやブラッディバット。それだけには止まらないほどの百鬼夜行が、奇怪な叫びや耳を覆いたくなるほどの忌々しい羽音を空間に響かせながら迫る。


 しかし、それらは決して騎士の間合いすらに辿り着くことはない。先ほど唱えられたグラヴィクシオ(重悔)は最高位の重力魔法であり、使用者が知覚した標的を羽あるものはたちまち滑落させ、暗い夜を床とした魔獣は、より暗い深淵にすり潰されるようにひれ伏し、小さな球体に姿を変えてしまうのだ。


 大きな身体を鳴動させながら近づいてきた異形のステレイセクテムオークですら、その魔の理に叛乱(はんらん)を起こすことは叶わない。傷だらけの指で極悪な金属を振り上げていたその身体は地面に埋められたようにガチリと。静止した。


 だが、徐々に(むしば)むように、指先からアコーディオンのように折りたたまれ、刃を持った金属は、意志を持つように容赦なく、その不気味な肉塊の腹に謀反を起こす。めり込み、切り刻むような刃が血を噴出させて、醜い心臓を切り裂くと、いよいよ狂気の炸裂をもたらした。吹き荒んだ血は一定の領域から飛び出すことすら許されず、歪み切った持ち主から極端なアーチを描いて渦を巻いている。


 やがて、空洞の主だった蛆虫のオークが少し大きな(まり)程度に圧縮されると、重力によって留め置かれていた絶叫が、大小それぞれの球体から解き放たれた。


 ヴィイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!


 タークはひとしきり球体を眺めると舌打ちをし、坑道に繋ぎ止められた人の骸の気配を辿り、大きな空洞から伸びる腐臭漂う食道に歩き始めた。もはや、魔獣共はその姿を見せることもなく、舐めるようにタークを品定めした眼球ですら、自分を省みるように死に内包されているのだ。


 騎士が坑道を下ると、奇妙に切り取られた正四角形の領域に、商隊の哀れな骸を発見した。王都から運ばれた家具を売る為、レヤヌに向かったはずが、魔の鉱山でその運命を途切れさせた人々。荷馬車に繋がれたまま、粉々に砕かれた馬もそこに骨を晒して横たわっている。幸いに顔を残された商人の表情すら、恐怖が張り付けられたまま時を止めていた。


 タークはささくれだった気持ちを抑え、骸を丁寧に並べ、アルウェンシスの国章が描かれた大きな旗で隠してやり、そして燃やした。平の人間ならばたちまち酸欠になり死にそうなものだが、タークは水魔法と雷魔法を合成した酸素を生み出し、特殊な層を持つ障壁でその燃え立つ葬儀を見守っている。


 獅子と三本の剣が描かれた旗が激しく炎上して、正四角形の墓所を焼く。この者達もその人生を王国のために燃やしたのだとか幸せがあったのだろうという妙な感慨がタークの心を(くすぶ)りながら黒炭のように焼いた。


 しばらく経ち、火が鎮まればそこは灰の大きな山になり、さながら古代の墳丘のようだ。しかし、奇怪な音がタークの耳に残った。


 砂時計のようなさらさらとした音が、乾燥し暑い部屋にさざめくように残響を残している。よくその音を辿ると、どうやら埋葬したばかりの灰墳から聞こえている。


 じっと目を()らすと、闇の中に包まれた灰の頂点が逆円推を作って、地中に呑み込まれているではないか。タークは墓所を(けが)す魔族の冒涜だろうと感じ、それを滅する為、一度墓を暴いた。


 しかし、不可思議にも、その先にあった物は魔族などではなく、墓石のような古い石盤のみで、淡く緑光を(たた)えている。そして、見も知らぬ神代のものだろう石盤に、何故か光り輝く条文が浮かび上がった。


 知識を深く学んでいたタークでさえ、当然読みようのない条文ではあったはずなのだが、何故か唇が動き出しその本質を明らかにした。


 『咎人よ(なんじ)は裁かれる。悠久の旋律を破りし愚かなるもの。砂と飢えを知りその罪を末端の渇きを持って知るが良い。神を(あなど)る浅き者よ。邪神の使徒よ。和の交わりを知らぬ冒涜者よ。其方らは等しく裁かれる。天理をその身に受けよ』


 突如、古い坑道に青い血が巡るように魔力が奔流(ほんりゅう)する!

 光を吸い切れない黒い鎧が、逆光に影を残して消失した。



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― 新着の感想 ―
[良い点] はじまして! 世界観の設定と情景描写がしっかりした作品ですね。 なんかハイレベルなライトノベルという感じです。 面白かったので、ブクマさせていただきました! [気になる点] 少し会話分が…
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