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砂漠の騎士  作者: 波崎ひかる
序章
1/39

逆光 1


 

 ペレイデス(太陽)が斜に構えたように公爵家直轄領地の一つ、城塞都市レヤヌの丸い大きく縁取られた城塞を照らし、春先のカナリウス(大気)が優しい陽気を東から運び始めた頃。タークはファイルヘンブラフ公爵から貸し与えられた、倉庫のような暗い一室で、窓から差し込む一条の光を頼りに支度を始めた。


 レヤヌほど近くの放棄された鉱山に、魔獣討伐に向かうよう単身指名されたタークは、その体に黒炭色の鈍く青光りする鎧を(まと)う。鎧は間接や顎、兜の覗きなど様々な箇所に棘のような装飾を()らされた特注品であり、一見すれば魔族や邪神の騎士だと思えてしまうほど禍々しい。それを日陰にすら隠してしまう黒さをもつビオイデス(漆黒の外套)がよりその邪悪な印象を際立たせる。


 この暗黒の棘のような騎士は、アルウェンシス王国の英雄と呼ばれるほどの戦果と名誉を欲しいままにしていたが、ターク本人にしてみればそれは(わずら)わしく、望んだ物でもない過分な評価も、命を擦り減らして日常を削っているのを喜ばしく感じていると思われているようで、いささか(しゃく)に触ることでもあった。


 好きで人を殺しているわけではない。そんな男なのだ。


 タークがそもそも騎士として身を立てようと邁進(まいしん)し始めたのは、公爵の一人娘リリウムの存在が大きかった。彼女は病弱で盲目で薄幸であったが、その生誕を目の当たりにしたタークにとっては平穏な日常の大きな象徴ともいえ、その弱さと引き換えに得たような祝福のような微笑みが、親を知らず愛を知らなかったタークには自分を人界に繋ぎ止める(くさび)のように感じられていたのだ。


 そのリリウムの父親であり忠誠の主人たる、コンスタンス・ファイルヘンブラフ公爵も騎士として、やはり守るべき人であった。その公爵も英雄タークの置かれてしまった状況には同情的であり、敵対している貴族どもの決闘などに無闇にタークを繰り出すようなことはせず、目立った争乱が王国にない時には哨戒や魔獣の討伐を命じるのみに留まるのであった。


 公爵は先の短い娘を嫁にやるでもなく、ただ、出自不明の無愛想な騎士を傍に置いておいて、両人が仲良くしているのを眺めるのが好きな変わった気性の持ち主である。というのが王都でよく語り草にされるがそれは事実でもあり、タークに悪魔的な鎧を与えて人払いをしてやる回りくどさも、魔法学の権威と国王の弟という立場からは到底理解されにくい性質(たち)であったのだが。


 タークは、茶色の控えめな髭に白を交えたお人好しで苦労性な主人と、その薄紫の髪を持つ美しい令嬢を守るための剣を生涯を懸けて、振るう覚悟である。家族同然に育てられ、あまつさえ幸福と呼べるであろうものを享受させてくれる主人と、その麗しい娘は、どんなものとも引き換えにすることができないほど、輝かしいものなのだ。それが人を殺めることになってさえ。


 しかし昨晩、公爵から与えられた魔獣討伐はタークにとっては休暇を言い渡されたと同義であり児戯である。凶悪な兜の下の薄氷の面相にも幾分か余裕があり、タークはこれを早く終わらせて、リリウムとどんな話をしようかということしか頭にはなく、この先降りかかる災難に関して知る(よし)もないのであった。


 タークはよく手入れされた装備を身につけると、質素で安心する白く大きな公爵邸を後にし、厩舎(きゅうしゃ)の名馬フェリコンドに跨り、大円の城塞都市から颯爽(さっそう)と飛び出した。


 城門をくぐるとすぐに森や草花の香りがする。フェリコンドの(ひづめ)がぱからっ。という軽い小気味良い音を立て土を抉りとって放り出しながらレヤヌ南の鉱山に走り出す。舗装されていない山のようななだらかな斜面も、西へと影が長く伸びた木立も一人と一頭には通い慣れた道で阻むものもないのだ。


 黄金のたてがみと白い短い佐目毛の馬に乗る黒の騎士はちぐはぐに絵画の明暗を描いているが、その同調の疾走はハープの調べのように均整を保ちながら、穏やかな広葉樹の落とした、柔らかに色付く茶褐色の落葉を舞い上げて緩やかに速度を上げる。


 しばらくして、十三城里(約13km)と走っただろうか。タークは馬の手綱を少し引きそして緩めるとぽっかりと森が消えた大きな仄暗(ほのぐら)い巨大な開口部を視界に捉える。森が朽ち落ちて祝福が途絶えたような鉱山だ。あたりの森も鎮まりかえっている。


 「フェリコンド。お前はここで待っていろ」


 タークは賢く頷く馬から降りて、青い鞍をビオイデスに収納すると異質な領域に足を踏み込んだ。今回はそう難しい魔獣討伐ではないが雰囲気を見るに時間だけはかかりそうな、そんな気がタークにはした。


 スコルフ(陰影と業の神)だけが祝福をする領域にはタークだけがその姿を溶かしている。

 


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