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そうだ、パフェをつくろう

「大変申し訳ございませんでした!!」

『本当に頼むよ、次からは』

「はい……!!」


 ネット通話を切って、私はぐったりとした。

 テレワークだと仕事がどこでだってできるけれど、欠点もある。営業は仕事を取って現場に投げるまでが仕事だけれど、現場の人に投げるのだってカメラ越しだ。カメラ越しだったら、仕事に必要な資料を全部見てもらえたかの確認がどうしても遅れる。

 幸いすぐに挽回できたからよかったけれど、もしこれが少しでも遅れて進行していたら……そう思うと背筋が冷たくなる。

 ミスのリカバリーをしていたら、あっという間に午前が潰れていた。もうこんな時間じゃ昼食摂っている余裕すらない。

 とにかく気分転換にコーヒーを飲もうとして気付いた。基本的に仕事中は自室に電気ポットを持ってきて、そこでインスタントコーヒーとポーションミルクで休憩しているけれど、今日は朝からミスの挽回をしていたから、水を入れ忘れていた。当然お湯はない。

 仕方がなく、電気ポットを持って水を入れに行こうとしたら。

 また春陽さんが楽しそうなことをしていた。

 私は食器はポイントやシールを集めたらもらえる奴で賄っている。でも春陽さんはフードコーディネーターとして、食事がおいしそうに見えないといけないからと、私よりもよっぽど食器に気を遣って、通販したりどこかに買いに行ったりして、食器棚の一部は私だったら絶対に使わないような食器を増やしていた。

 今回はパフェグラスを持ってきていたのだ。喫茶店とかでアイスクリームを盛っているそれは、当然ながら私だったらまず買わない。他のお皿やカフェボウルで充分アイスクリームは盛れるし。

 アイスはないけれど、そこに用意していたのは、缶詰の果物に、スポンジケーキ、アザランだ。なんか冷蔵庫にみっちり詰まっているなと思ったら。


「なにやってるの?」

「あ、美奈穂さんお疲れ様。なんか朝から声響いてましたけど大丈夫ですか? お昼ご飯も食べてないですし」

「うーん、まあ大丈夫?」


 そうか。こっちはカメラに向かってひたすら謝っていたけれど、あの声は一階からでも聞こえるのか。防音については考えてなかったなとぼんやりと思っていたら、私は電気ポットを持っていることに気付かれた。


「ああ、お水でしたら使ってください。私も写真撮り終わったらおしまいですから」

「これは?」

「今度は主婦雑誌の夏休み企画ですね。夏休みにお子さんと一緒につくれるおやつの特集です。今回は市販のものを千切ったり混ぜたりすればつくれるパフェをつくってたんです」

「なるほど……」


 まだ夏休みは早いと思うけれど、雑誌企画は私が思っているよりもずっと前から進行しているらしい。

 缶詰の果物さえ親が切ってしまったら、盛り付けるのは子供でも大丈夫って奴なんだな。パフェと言ったらコーンフレークを盛るものかと思っていたけれど、春陽さんはコーンフレークは使わない主義らしい。

 春陽さんは手際よくパフェを盛り付けていく。スポンジケーキをグラスに詰めたら写真を撮り、その上に果物を詰めたら写真を撮り。つくる手順も写真に撮っているんだなと思って眺めていたら、「あっ、よろしかったら」と春陽さんは言う。


「パフェ休憩取りませんか?」


 パフェ休憩。なんて魅惑的な言葉だ。そう言われたとき、頭がキィーンと痛むのを感じた……さっきから仕事のミスのリカバリーで各方面と連絡取り続けて、休憩するのが大幅に遅れていた。

 時計をちらりと見ると、気付いたら普段のお昼休憩から一時間も過ぎていた。もし私ひとりだったら、ご飯に梅干しだけ乗せてかき込み、それで仕事に戻っていただろうけど。少し弱った気持ちに、甘い誘惑はたまらない。


「……お願いします。あ、私食べたら仕事に戻らないと駄目だから」

「会社員って大変ですよねえ。わかりました。すぐつくっちゃいますね」


 そう言って、春陽さんは写真を撮っていたグラスとは別にグラスを用意してくれ、そこにさっさと同じ手順で中身を詰めはじめた。

 スポンジケーキをちぎり、果物を詰め、さらにアイスクリームを詰める。最後に丸いアイスクリームスプーンで形よくアイスクリームを詰めてから、アザランを軽くかけた。

 缶詰の果物っておいしいけれど、パフェに使ったら下手したら安っぽく見えるのに。プロがつくったらおしゃれに見えるからすごい。


「……可愛い。おしゃれ」

「仕事柄ですから。さあさ、召し上がれ召し上がれ」

「……いただきます」


 私がスプーンを持ってこようとしたら、春陽さんは「ストップ」と言って、なにかを取り出した。……喫茶店でパフェを食べるとき用に使う柄の長いスプーンをくれたのだ。こんなの売ってるんだ。私はひたすら感心しながら、スプーンですくった。

 使っている果物は、桃缶が二種類。黄桃に白桃だ。


「おいしい……」


 バニラアイスの甘さも去ることながら、桃の甘さも相まって、頭に足りなくなっていたブドウ糖が急激に回りはじめたような気がする。

 春陽さんはにっこりと笑った。


「よかったぁ。パフェってひとりで全部食べきれませんから、一緒に食べてくれる人がいてほっとしました」

「そうなの? 一緒につくって食べる人とかは」

「うーん。いたことにはいましたけど、全部は食べきれなかったんで」


 別れたと言っていた彼氏のことなのかな。私は未だに春陽さんから、彼氏さんと別れた経緯を聞いていない。こういうのって聞いてしまっていいのか、いまいちわからない。人ってどこにどう地雷が埋まっているのかわからないから。聞き出すのが友情って人もいるけれど、一緒に住んでいる相手との人間関係にひびを入れてまで聞き出す話なのかなとも思ってしまうし。

 私がそう思いながらパフェを突いていたら、春陽さんは言う。


「皆で楽しくなってあれこれつくってたら、気付いたらスタッフだと全然食べきれなくって、仕方ないから他の業務の人まで呼んできて食べたりとかしてました」

「あれ……? いったい春陽さん、誰と食べてたの?」

「ああ、すみません。これじゃ全然わかりませんよね。私、元々料理系のSNSのキッチンで、レシピの調理班として働いてたんですよ」


 それでようやく、春陽さんの経歴がわかった。

 最近だったら料理系SNSはあちこちに存在しているし、料理する人間はどれかひとつには必ずお世話になっている代物だ。そこのスタッフね。道理で料理するときに手際がいいと

思ったら。私はひたすら納得していた。

 春陽さんは楽しげに笑いながらお湯を沸かす。


「まあ、私も料理するの本当に楽しかったんで、頼まれたレシピをおいしそうにつくってたら、他にもあれこれ仕事を頼まれるようになっちゃって、こうして独立したんですね。今でもそこのSNSに頼まれたら料理つくって写真上げていますし」

「あー……なるほど。そういうのもありなのね」


 世の中には、私の知らない仕事も存在してるんだな。私はそうしみじみと思っている間に

、春陽さんは「はい」とカップを差し出してくれた。お湯を沸かしていたなと思ったら、インスタントとはいえコーヒーを淹れてくれたのだ。


「パフェだけ食べてたらお腹冷たくなっちゃいますから。私も引き続きパフェの写真撮ってますから、どうぞ食べてってください」

「……至れり尽くせりだね。本当にありがとう」

「いえー」


 彼女が楽しげに冷蔵庫に入れていたパフェグラスに、再び盛り付けをはじめるのを見ながら、私はパフェを食べながら、コーヒーを飲んだ。

 気付けばあれだけへこんでいた気持ちも鎮まっていた。これなら、午後からも頑張れそうだ。

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