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ふたりぼっちで食卓を囲む  作者: 石田空


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17/33

そうだ、スープ生活はじめよう

 季節の変わり目は体がつらい。

 特に年々夏が長くなっているために、夏なのか秋なのかわからない日が続いて、体がグロッキーだ。

 テレワークになってよかったことのひとつに、体が本調子でなくっても、家ならば座って仕事ができるという点が大きい。車を運転しながら「しんどい」「しんどい」と営業先を回ることを思ったら、だいぶマシな仕事環境になったと思う。

 そのせいで、夏の間は暑いながらも春陽さんがつくったものや私の適当につくったものを食べることはできていたのだけれど、だんだん物が入らなくなっていった。今日は春陽さんの漬け物とご飯をかろうじて流し込む感じで食事を済ませた。

 私がしんどそうにしているのを、春陽さんは眉をひそめて眺めている。


「あれですねえ、これ夏バテというか秋バテですねえ」

「……最近よく聞くようになったけれど、違いがわからない」

「夏バテは夏の暑さに体力を削られるのに対して、秋バテは冷房と外の気温差で体にどんどん疲労が蓄積され、秋になって涼しくなった途端にドカンと疲労が表面化するものだって聞いてます。わたしも受け売りくらいの情報しか知りませんけど」


 主婦雑誌の料理コーナーの写真のコーディネートも担当しているせいか、ときどき届く主婦雑誌の見本誌情報を春陽さんはかなり把握している。

 一応違いはわかったけれど。


「でもどうしよう……これだけ食が細くなっていたら、仕事にも支障を来すのはわかっているんだけれど。もし前までみたいに車で営業先回ってたら、間違いなく事故起こしてた」

「そりゃ今がテレワークが基本で助かりましたけど……そうですねえ。しばらくの間、スープ生活してみますか?」

「なにそれ。ダイエットっぽい」


 ときどきダイエットで「これを食べれば痩せる!」みたいな特集をやっている。まあ私も三日続いたことはないけれど。

 春陽さんは私の発言に小さく首を振った。


「単純にしばらく胃に負担をかけないけど栄養摂ろうって奴ですよ。ちなみに一応フードコーディネーターの仕事をしながら栄養学勉強した人間としては、偏食ダイエットはかえって太るので全然推奨してないです」

「そういうこともしてたんだ、春陽さん」

「私、体に悪いものばっかりつくって食べてますけど、一日の栄養が帳尻合っていればそれでいいと思ってますし」


 そう言って肩を竦めた。

 でもスープなんて言っても、私もコーンスープとかビシソワーズくらいしか思いつかない


「スープってそこまでお腹に溜まるのかな」

「結構溜まりますよ。だって野菜って食物繊維多いですし。最近はさらさらな飲み心地が主流ですけど、いいミキサー使えば食物繊維だって舌では全然認識できなくなりますし、その分普通に飲みやすくお腹に溜まりやすくなります」

「なるほど」


 そういうのだったら、しばらく続けられるかもしれない。

 春陽さんに「よろしくお願いします」と、しばらくは彼女に食事を任せることにした。その分他の家事は、私が担当だ。


****


 最初につくってくれたのは、クリーム色のポタージュスープだった。ひくひくと鼻を動かすとほんのり甘い匂いもする。最初はコーンスープかなと思ったけれど、甘いの種類が違うような。


「これはなんのスープ?」

「最初はこの時期だったらかなり安く手に入るさつまいもがいいかなと思いました」

「へえ……」


 さつまいもというと、天ぷらとかいもご飯とかの印象が強くて、スープにする印象がなかった。でもよくよく考えると、じゃがいもだってビシソワーズの材料になるんだから、スープの材料になるよね。

 最初にひと口飲んでみると、じゃがいもよりも甘く、でも主張しない不思議な味がする。


「おいしい……でもなんか不思議な味がする?」

「そこまで大したつくりかたはしてないですよぉ。さつまいもと玉ねぎを一緒に炒めて、コンソメスープで煮たら、ミキサーに突っ込んで攪拌して牛乳で割っただけですし」

「それ充分手間かかってると思う」


 なるほど、さつまいもだけじゃなく、玉ねぎも入れたら結構甘さの方向が抑えられるんだな。それにさつまいもも玉ねぎも結構食物繊維が多いから、お腹にもよさそう。胃に優しいから気分もよく、食べても罪悪感が湧かないのがよかった。

 春陽さんはにこにこと笑って続ける。


「手間かかってるっていうと、きのこスープのほうがよっぽど手間かかりますよ」

「なにそれ。そこまで手間かかるの?」


 秋になったらきのこはかなり安くなるけど、それで手間暇かかるスープができるとは思ってもおらず、目をぱちくりとさせる。それに春陽さんは頷く。


「はい、きのこスープのほうが手間かかります」

「二回言った。でも、うーん……」


 そこまで振られたら、食べたいと言ったほうがいいんだろうか。でもきのこスープと言っても、ぱっと思いつくのはミネストローネ風にコンソメスープにいっぱいきのこが入っている奴。そこまでなのかなとついつい思う。


「じゃあ、次はきのこスープで……でもいくらおいしいからって、きのこばっかり食べれるのかな?」

「たしかにきのこは多めに使いますけど、規定量までだったらそこまで体に悪くないですよ。わかりました。では気合いを入れてつくります」


 気合いを入れないとつくれないものなんだ。

 私はそう思いながら、「お願いします?」と言った。


****


 スープ生活のなにがいいかというと、胃に負担の少ないものしか食べてないのに、腹持ちも考慮されているから、お腹がぐうぐうと鳴らない。本当に食べるのがしんどいときは、楽過ぎるものしか食べてないせいでお腹が空き、空きっ腹を埋めようと無理矢理食べて余計にしんどくなって物が食べられなくなるという悪循環にかかるのが普通だったから、こうして面倒を見てもらっていると楽になる。

 思えば彼女のフードコーディネートの仕事のものを一緒に食べているおかげで、空きっ腹になってなにも考えられなくなるということがなかった。彼女には感謝しているし、なにかお礼でプレゼントを考えたほうがいいな。

 春陽さんにプレゼントって、気を遣わせないプレゼントを考えないといけないから、案外難しいな。私がそう思って一階に降りたら、なにやらものすっごくいい匂いが漂ってきた。 見ると鍋にびっくりするくらいにきのこが入っている。


「これ、なあに?」

「あっ、美奈穂さん、おはようございます。胃の調子はどうですか?」

「調子がいいのかどうかはよくわからないけれど、この間よりはマシかな」

「それはよかったです。ちょっと待ってくださいね」


 春陽さんはガス台から鍋を降ろすと、ミキサーの中に中身を入れて、一気に攪拌した。灰色のクリーミーなそれを、牛乳で割って出してくれた。


「これきのこのポタージュ?」

「はい。どうぞ」


 つくるの大変だったって言っていたけど、どれだけきのこ使ったんだろう。私は恐る恐るスープを口に付けてみて、びっくりした。

 おいしい。おいし過ぎる。元々きのこは旨味の塊だとは聞いていたけれど、これだけきのこをたくさん使ったんだから、おいしくなる訳だ。


「おいしい……でもこれ、きのこどれだけ入れたの?」

「安かったんで、いろいろ買ってたんですよね。しめじ、しいたけ、マイタケ……玉ねぎときのこを全部混ぜて炒めて、攪拌して牛乳で割りました」

「……昨日と工程自体は同じはずなのに、こうも旨味の方向性が違うんだ」


 どちらも優しい味わいだったけれど、きのこのポタージュのほうがパンチが効いている気がする。


「なんか悪いな、私の体調不良にこれだけおいしいもの出してくれて。なんかお礼したいけど……でも私、春陽さんになにできるだろ?」


 思わず漏らした言葉に、春陽さんは目をパチパチさせた。


「わたし、家に住ませてもらっているのに、これ以上もらうんですか?」

「いや、シェアハウスだし。そういうのは別。私はあなたに感謝している。本当にそれだけ」

「……そうですねえ」


 春陽さんはどこか遠くを見た。

 彼女はあまりに男運が悪いというのは、前に平田さんから聞いていたけれど、まさかと思うけれど彼女、搾取され続けたんじゃないだろうなあと、少しだけ心配になる。

 春陽さんはしばらく考えたように視線を逸らしたあと、ふっと笑った。


「じゃあ今度、農家に行きましょう。わたしが取引しているところです。そこでレストランしているんですけど、今年はまだ行けていませんでしたから、そろそろ旬の野菜料理を食べたいです」

「えっ……そういうのでいいの?」

「わたしは、やりたいことをしてもいいって環境を整えてくれた。それが本当にありがたいんですよ。素敵な場所で、素敵な生活を送れている。それを贅沢だって思わなかったら、いつか絶対にしっぺ返しを食らいますから。ふんぞり返って慣れたくないんですよ」


 そう言って無邪気に笑う彼女に、私はなにができるんだろう。

 こんな簡単なことでいいのと思いながら、私は目的のレストランの地図と予約に専念した。

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