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8:船酔いのお供に不愉快な逸話

「こんにちはお嬢ちゃん。歳はいくつだい?」


「55だ」


「面白い冗談を知ってるね」


「気安く我に話しかけるでない、人類よ。その首が惜しいのならばな」


「ほんとに面白い女の子だ」


「ああ!! すみませんすみません。こいつはわたしの弟の甥の娘の親戚なんですが、甘やかされて育ったせいで、まともな口の利き方を知らないのです」


 船頭と問答を繰り広げるコルデッスの前に慌てて立ちはだかると、ロガーノは弁明の言葉を思いつく限りにまくし立てた。


「たぶん火の通っていない高級肉を摂取しすぎたのでしょう。頭の中が虫唾の走るような寄生虫と厄介なタンパク質で真っ白けにコーティングされており……」


「海まで我とこいつとを連れて行くのだ、人類よ」

 

 ロガーノの足を踏みつつコルデッスは声高に命令した。


「我の臣下が狼藉を働いているらしいのでな」


「ほんとに面白い人たちすね」


 船頭は感心したように呟きながらも、川へと船を漕ぎ出した。


 アルファ村の裏手には、海まで一直線に連なる川が流れていた。ここから海に行くのに最も迅速な手段とは、その川を船で下ることだった。


 ロガーノとコルデッスとが今船に揺られているのは、そういう次第であるのだった。


「あのう。ここから港町プシャルまではどのくらいかかるのでしょうか」


「日が沈む前には着くだろうね」


 激流を断つ舳先を見やりながら、船頭はロガーノの質問に答えた。


「まあ、順調に行けば、の話だけれども」


「え? 順調に行かないことがあるのですか」


「そりゃあるよあんたもちろん」


 船頭が先ほどから周囲に油断なく目を光らせているのはそのせいか。


「ま。お兄さんがいてくれるなら安心だ。あんちゃん、強そうだしねー」


「なあ、あんな船頭の操る船に乗ってよかったのだろうか?」


 コルデッスがロガーノにささやいた。


「あん? なんで?」


「あの人類は貴様が強そうに見えた、と言ったぞ」


 コルデッスはきわめて真剣そうな顔つきで答えた。


「きっと目が腐っているにちがいない。そんな者が船頭である船など泥舟……あがっ!」


 コルデッスがその先を言うことはできなかった。その前にロガーノが彼女の口を封じにかかったからである。


 船頭の言葉は不安をいざなうものではあったものの、だからといってすぐさま血が流れるような危機が出来するということもなかった。


半ば観光気分で風景を眺めていられたほどだ。少なくともコルデッスは。


「あー。この辺りの緑は豊かなのだなあ」


 コルデッスは顎を外されたように口を開けたまま言った。実際、外されていたのだが。


「我がそこより生まれきたりし魔界には、禍々しい朱や紫があるばかりであったぞ。……まあ、もちろん、我にとってはその色合いこそが安らぎの原風景であるのだがな」


「あすこに見えますはポゾ樹」


 ロガーノはひとつひとつの木や草や花や葉や実を指差しながら言った。


「熊や魔物に樹皮を剥がされることを嫌って、触れるだけでただれるほど毒性の強い樹液を分泌するようになりました。シーフやアサシンなど、隠密に獲物を殺傷する技法に長けた職業御用達の植物すね。あんなものを混ぜられた料理なんか食わされた日には……ヤー! 想像するのもおぞましい。自分の胃が溶けた鉄のようにただれる様を想像して御覧……」


「おい」


「はい?」


 コルデッスの険悪な声にロガーノの解説は中断された。


「あんまり気持の悪いことを言うでない」

 

 そう言う合間にもコルデッスの顔はアルカリ性を示すかのように青々としていった。


「……ただでさえ気持ち悪いのだから」


「船酔いかねお嬢ちゃん」


 船頭の気遣うような声が飛んできた。


「ほら、無理しないで、遠くのほうを見るようにするんだよ」

 

 その後船頭はロガーノに向き直り、困ったような顔をして、


「あんまり子供に刺激の強い話をするもんじゃないですよ」


「な……!!」


 コルデッス絶句。絶句コルデッス。


「あっ。はい。すみませんでした」


 ロガーノは素直に謝り、代わりに空飛ぶ三角フラスコの物語をコルデッスにしてやろうとしたが、最初のターニングポイントに入る前にやめさせられるのだった。


「じゃ、今度は君の番」


 せっかくいいとこだったのに、と話し手である自分自身が最も落胆しつつも、ロガーノはコルデッスにそう言って促した。


「貴様に話すようなことなぞ、何もないぞ」


 コルデッスは不機嫌につぶやいた。


「いやあります。これからぶちのめしに行く大公爵の話」


 ロガーノは村長の家を出た時に聞いたその名を必死に思い出そうとしたが、昨日のディナーの内容すらおぼつかない彼にそのような離れ業がつとまるはずもなく、三十秒四苦八苦した挙げ句に全てを投げうち、コルデッスにもう一度その名を聞くこととなった。


「マーキュル」


 コルデッスはまさしく今口の中にその名の持ち主が入っているかのごとく、一語一語を噛み潰すようにして発音した。


「あの愚昧なマーメイドが。サカナの分際で我に楯突きおって……」


「え? おサカナさんなの、その大公爵」


 ロガーノは未だその片鱗しか知らぬ大公爵について、頭の中で様々なイメージを膨らませていたのだが、サカナという要素がそこにぶち込まれることによって、丹精込めて練り上げられた像はすべて打ち砕かれることとなった。


「海辺の大公爵との異名を持つ」


 コルデッスは再び語りだす。


「まあつまり、海エリア担当ってことだ。水中や水辺に生息する魔物を従え、かの最終戦争の日には海戦を圧倒するはずであった……」


「最終戦争があるなんて聞いたことないけど」


 ロガーノはうさんくさそうに言った。


「我が今作ったのだ! 魔王軍はいつの日か全勢力をもって、他の種族がのさばる三界を征服する! それが最終戦争の日なのだ!」


 コルデッスは顔を赤らめてそう言った。


「いつ来んのそれ。いろいろこっちにも準備があるからさあ、一週間前とかにいきなり『すみません来週最終戦争やりますんで』なんて言われても、そんな要領の悪いイベントに参加したがる人なんて誰もいないよね」


「えっ。そうなの?」


 コルデッスはそう言ったきり困りこみ、黙り込んでしまった。おかげでロガーノは「海辺の大公爵」、そのマーキュルとやらの情報を、それ以上彼女から聞き出せなくなってしまったのだった。


 とはいえ、それはさほどの問題でもなかった。


 というのも、もっと大きな問題が間もなく二人の前に現れるためである。


「え、マジで?」

 

 ロガーノは思わず顔を上げた。そして見た。何を?  


 大挙して押し寄せる魔物の群れを!



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