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7:不漁の日

「お連れのかた、大丈夫でしょうか……」


 心底嘘偽りのない心配を見せてくれた女の子に、ロガーノは手を振って答えた。


「あー平気平気。あいつあれでもまお……」

 

 うっかりと言いかけた言葉を、なんとか舌を噛み切ることによって阻止する。


「まお?」


「ん。まおうにゃみのいぶくろだかりゃ」


 口から血をだらだらとこぼしながらロガーノは言い繕った。


 このへんぴな場所にある村――アルファ村は、まあへんぴな場所にある村らしく、小規模であり、慎ましやかで純朴なる村人たちによって営まれていた。


 昨年度大陸で販売されたいかなる地図にもこの村の存在は記されていなかったが、だからといってなにかものすんごい秘密とか秘宝とかが眠っているというわけではまったくなく、ただただ知られていないだけであった。


 真夜中に、とんでもなく顔色の悪い少女を背中に担いだロガーノを、村人たちは拒まず迎えてくれた。


 今彼らがいるのは村の入口から最も近い、サーナという少女が一人で暮らしている家の中。


「いやあ。こんな見ず知らず見も知らぬ正体も知れぬ奇ッ怪な輩をお迎えくださりまして、もーほんと、なんとお礼を言ってよいものやら。土下座します。ほらお前も頭を下げろ首を曲げろ腰を折れ脚を畳め」


「痛いぞ貴様」


 床についていたコルデッスもろとも頭を下げて、ロガーノはサーナにひたすら礼を言った。


「ええ!? いいですよこれくらい……普通じゃありませんか」


「や。聞いたかね。これが普通だとよ。いやまったく、人の心の温もりよ……」


「ふむ。良い心がけだぞ人類よ。いつか魔族が三界を掌握するときが来たりても、汝の家だけは壊さず、そのまま再利用してやろう」


「死ねお前」


「言われずとも死にかけであるわ! わははははは……あっ。痛いいたいいたいいたい……」 


 このようなロガーノとコルデッスのやり取りを、サーナはずっと不思議そうな顔をして見つめていた。見世物としては上等であるようだ。二人とも今すぐ身売りしろ。


 次の日、ロガーノが目を覚ますと、サーナが居間でぶっ倒れていた。


「ひゃーどうしたの君!?!」

 

 ロガーノが飛んでいって担ぎ上げ、コルデッスを蹴り飛ばして作った空白に横たえさせる。


「……ん。なんで目の前に壁があるのだ」


 壁に顔をぶち当てたことにより目覚めた魔王の声も聞かず、ロガーノは顔色を見たり脈を確かめたりまぶたをひっくり返してみたりする。


 そして確信を込めてつぶやいた。


「ぜんぜんわかんない」


「無能な奴だ。ディバインパワーがどうとかほざいていたのは偽りであったのか?」


 まだ顔が赤いコルデッスがいざりよって嘲笑。


「そりゃちょっとした傷や疾病は癒せるけれども専門職には劣るの。何さ、お前にはわかるってのか」


「わかるわけなかろう」


 こんな二人が病人を前にうんうん唸っていたって仕方がないのは太陽を見るより明らかである。もっと正確に言うならば、火の玉を見るより明らかと言うべきだが。


 というのも毎朝昇るあの太陽は、暁光の女神サストラテレヘーベが作り上げた巨大な火球にほかならないからである。


 宵闇の女神デスチィーラが空に散りばめた、夜のビロードや恒星の宝石を焼き払い朝を取り戻すために、女神は毎朝この奇跡の業を行うのである。


 などという解説の間にも、ロガーノはサーナを担ぎ上げ、アルファ村で最も智慧があると思われる人物、つまり村長の元へと駆けていた。


 わかりやすく、村長の家は最も大きく、最も村の奥にあり、しかも最も高いところに据えられていた。


「助かった。教科書どおりだ!」


「何の教科書だ?」


 コルデッスの問いかけは無視して、村長の家の戸を叩く。


「これは。あれじゃ、あれ。うん。あれじゃ。えーと。ほら。あれ。あれじゃよ。あの……ほら……なんかその、もっと食べなくちゃだよ的な」


「……栄養失調?」


「あっ。それ。うん。それじゃそれ」


 村長の診断はむしろロガーノを不安にさせるものだったが、とにかく原因はそれであるらしかった。


「なんで栄養失調なんか。この村のあちこちに畑がありますし、作物もよく肥えているようじゃありませんか。森には果樹がたんと実るし」


「ま。そうなんじゃがな。実はそれだけじゃわしら、足りんのじゃよ」


「フン。食い意地の張った奴らだな」


 そう言ったコルデッスの頭を張りつつ、ロガーノは続きを促した。


「もともと、わしらのご先祖は海辺に住んでいたのじゃよ。ある時、なんかよくわからんのじゃが、いきなり魚がとれなくなったらしい。それじゃあ生きていかれないから、この食物が豊富な森の奥深くに村を築き、以来そこに住むようになったというわけじゃな」


「で、つまり、もともと魚を食べて生きていたわけなんじゃよ。そうした性質が、百年二百年程度で変わるわけもないんじゃ。だから時たま、海辺の行商人から魚を手に入れていたんじゃが……」


 村長はひどく困った様子を見せた。


「それが近頃、さっぱり途絶えてしまった。このようなことは今までに一度としてなかった。なにか事情があるのだろう。海辺の港町まで行けばその手がかりがつかめるじゃろうが……このご時世じゃ。とてもそこまでは出歩けぬ」


「えー。えー。そうですとも。誰かさんのおかげで……」


 ロガーノはちらりと隣に座っている魔王を見た。すると彼女はいきなり立ち上がって叫んだ。


「ハッハッハ! わが部下の活躍は目覚ましいようだ!!」


「今はお前の部下じゃねーだろうが!!」


「ああ。サーナや。この子は殊勝な子でな、親を早くに亡くしたというのに、我々の前では努めて明るくふるまい続けているのじゃ」

 

 幸いにも村長はサーナのことを心配するあまり、コルデッスの激白になどさっぱり耳もくれていないようであった。


「今すぐということはないだろうが……このまま魚が食べられない日々が続けば……」


 その先は言わずとも。ロガーノはコルデッスの口を塞ぎつつ立ち上がった。


「一宿一泊……じゃない、えっと、一泊……違う、ええと、ま、とにかく一晩屋根を貸してくれた恩義がこちらに。あとこの不遜な連れの腹を癒やしてくれた恩義も加算しまして。これはもう、行かなければヒト科の名が廃るってもの」


「なんと! 行ってくれると申すのか」


「行きますいきます。こいつも行くと申しております」


 ロガーノはコルデッスの首を素早くぎゅうぎゅう締め上げた。


「……いきます……」


 どっちかっていうとあの世への旅立ちを予感させる声色であったけれども、とにかくコルデッスも同意した。


「死んでも海の魚を持ってきます」


 ロガーノは意気込んで言った。


「いやまあ死ななくていいのじゃが……ありがたい! 行きずりの旅人にこんなことを頼んですまなんだが、どうかサーナのためじゃと思ってくれ」


 村長の家を出てすぐ、コルデッスはつぶやいた。


「おそらく、マーキュルのしわざだろう」


「は? なんだそれ。香水の名前か?」


「違う」


 コルデッスは苦々しげに答えた。


「大公爵の一人だ」




 


 

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