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6:暗雲

「おいおいマジで頼むから、もうちょっと踏ん張ってくれ!!」


 月すら陰る真夜中に森林を疾駆するロガーノは、背中に担いだコルデッスをしきりと激励する。


「腹を壊した魔王なんて、腹を壊した聖女並みに見たくないものだからな!」


「がっ! やめろ! “聖女”なんて汚らわしい言葉を口にするなっ! そんなものを聞いたら余計に……おお……」


 凄まじいまでにフォルテッシモを利かせたサウンドが、ロガーノの心臓に響くほど伝わってくる。腹の底にまで伝わる。まあ、実際、腹から出た音なのであるが。


「ひえーお助けえ! 魔王がおれの背中にそそうを……」


「ばっ、ばか! まだ大丈夫だまだ!」


「まだとはまだとは? つまり間もなくダメだってことじゃないの」

 

 ロガーノは地を蹴る足に一層の力を込める。背中で漏らされるより悪いことって、これはちょっとなかなかに思いつかない。


 こんなことのために仲間たちの死を引き合いに出しそうになる自分自身にゲッと自己嫌悪。


 これはよく知られたことであるから、今更説明することはないはずなのだが、それでも一応説明しておくと、肉はよく火を通してから食わなければ危ないのである。


 普段はロガーノが手取り足取り調理するはずの肉を、今夜は無謀にも、コルデッスが自分一人で焼いて食ったのだ。


 このコルデッスは旅の食糧として生肉を担いでくるような素敵な良識の持ち主であるから、その結果として彼女にとんでもない腹痛が生じたのは、運命的に決定づけられた不可避の帰結である。


「そんなこと言われたってだな、ちっとも救いにはならん……」

 

 コルデッスの声はますます小さくなっていき、反対に腸の声はますます大きくなっていく。雄弁にもの語る臓器のこの悲痛なる叫びを聞け!


「聞いてますきいてます。ばっちり聞いてますから、どうかもう少しだけご辛抱を!」


 これもまた知られた事実だが、夜道というのは、しかも街道から外れた森の奥深くの夜道というのは、きわめて危険度が高いものである。


 実際、多くの旅人が今ロガーノらが置かれているようなシチュエーションにてエンディングを迎えている。もちろん、バッドエンドである。


 ただでさえ森にはトロールやらトレントやらゴーレムやらその他もろもろの凶悪無比なる魔物がひしめいている。


 生命力が横溢する森ではそのぶん、魔物との遭遇率も高まる。こういった魔物たちは植物や岩の影に隠れ、狡猾に獲物を狙う術に長けている。熟練の戦士と言えども油断はできない。


 辺境を荒らしまわっていた巨竜の首を見事に討ち取ったその帰り道、森の木陰に身を潜めていた翼の退化したドレイクに頭から食われた冒険者もいた。


 カンカン照りの真っ昼間ですらそうなのであるから、夜中に森を突っ切ることの無謀さ、危うさ、命知らずの度合いと来たら、もっとも想像力に欠けたる者ですら想像に難くないものがあること、よくわかってもらえただろう……


 あ、ロガーノは例外ね。


「あっ危ねえ!」


 すんでで頭を下げることにより、ロガーノは暗闇から放たれた悪しき小人族の毒矢をかわすことができた。


「普段ならほっとかないが、今は大変に立て込んでいる状況なので、仕方ない、見逃してやろう」


 というようなことを半秒くらいの間に一気にまくし立てたため、毒矢を放った当の小人には、なにか不気味な唸り声のようにしか聞こえないのだった。


 勇者という称号は伊達でなく、彼は常人離れした運動能力を身に着けていた。


 学校に通っていた頃、体育の授業を万年サボっていたにもかかわらず、どうしてこのような身のこなしができるようになったのか、彼自身が最も不思議に感じていた。 


「才能かしら?」と照れ笑い。


 もちろん違う。


 勇者とは先天的に定められた職業などではなく、指名された者が後天的に、その称号に相応しく成長していくことによってのみ名乗ることが許されるものなのである。


 ぶっちゃけ指名されたてのロガーノはウルトラ級のビギナーであり、罠の有無を確かめもせずに片っ端から宝箱を開けることすらしていた。


 しかしそういった無茶苦茶を百も千も万も生き延びることにより、精錬された剣のごとく、彼は自身の内に眠る才分を取り出したのである。


 その才分は今、ゲキ腹痛に苦しめられている魔王を運搬するという一大事にて発揮されている。


「お前えええええ! 次からは黒焦げになるまで火を通せ! 炭化するまで燃やし尽くせ! 火が通ってるか通ってないのかもわからんのか!」


「いや、だって、城で出される肉料理はだいたいあんなもんだったし……」


「あんたはお城の料理番のごとき調理のスキルなんか身につけてないんだから、同じような仕方で調理しちゃダメなの!」


「ああ! だから我は腹を壊したのか!」


 コルデッスの声には、千年に渡って学者を悩ませ続けた証明をついに完成させたかのごとき晴れやかさが込められていた。


「頭もぶっ壊れてんのか!」


「ぐぬぬ……いくら背中を借りているとはいえその言いよう……業腹だ」


「何が業腹だよこの下痢腹が……ああ、ああ! あれは!」


 だいたいこいつらどこに向かって走ってんだよというまず最初に明かされるべき疑問の答えが、ここに来てようやくお目見えの次第。


 ロガーノは野営の地からかすかに見えた、夜空の星へ手を伸ばすように立ち上っていた煙を目指していたのだ。


 そして今まさにたどり着いたその地点には、念願。


 小さな村が築かれていたのである。


「こ……ここに我の腹を癒やしてくれるものがいるのか……」


 片腹をえぐられたのかと錯覚させるような瀕死の声でコルデッスがささやいた。


「まあ少なくともケツ拭く紙はあるだろ」

  

 ロガーノは現実的な見解を述べ立てた。



 

 


 

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