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3:雷の偉業

 ヘイ、ロガーノ、もう一回聞いてみようじゃないか。ひょっとすると聞き間違いかも、っていう可能性が、まだ少しは残されているかもしれんのだからな。


「えーと、今、なんておっしゃいましたかね?」

 

 恐るおそる尋ねるロガーノ。トロールの料理番にひっ捕らえられた犠牲者が、自分をどのように調理するつもりかを尋ねているようだ。


 特に似ている部分は「まあどっちにせよ死ぬけど」という半ば諦めの境地に足を踏み入れているところ。


「眠っているのだ。安らかにな」


「それって、あれですか、そのう、つまり、あれ」


 ロガーノは観念して問いただす。


「死んだってこと?」


「うわ! なんでデリカシーのない奴だ。これだから人類はイヤなのだ。遠回しな言い方というものを知らないのだからな……」


 魔王は呆れたように彼を見ている。彼はそんな目線に気を配る余地もない。


 なんてこった、エルサタンが死んだだと? 一度に様々な感情が沸騰し、脳漿が間欠泉のように吹き出しそうになる。あれだけ……あれだけ必死に旅してきたのに?


「ち、ちなみに死因は?」


「雷に撃たれて死んだ」


「雷……」


 逡巡するロガーノ。


「それなら仕方ないか」


「まあ、自然には勝てないのだ。たとえ魔王であろうともな」


 ロガーノは先に逝った仲間たちに心で報告する。コミディモン、ペラ、ツソヌレ。どうやら魔王は本当に死んじまったようだ。まあ、平和を取り戻せればいいのだから、べつに過程はどうだっていいのだけれど……


 だけど魔王ってのはさ、勇者にしか倒せないもんなんじゃないのか? 雷で勝手に死ぬ魔王がいたか? 長いながい旅や、きみたちの命を失う必要もなかったのか?


「いや、そんなことはない」


 ロガーノは声に出してそう言った。魔王はぎょっとして彼を見た。


 道中、魔王軍に苦しめられている民を幾度も助けたことがあっただろう。旅をしなければ、彼彼女らを見つけ、レスキューすることは叶わなかっただろう。おれたちの旅はちっとも無駄などではなかったのだ。


「うん。そう。そうです。ぜんぜん無駄じゃありません」


「おい大丈夫か」


 これだと病人への気遣いというよりは病人扱いと言ったほうがいいかもしれない語調の魔王であった。


 空の雲に断裂が生じ、裂け目からは巨人の振るう剣のような光が差し込んできた。空気の色まで明るくなるよう。


「じゃあ、これで」


 そう言ってロガーノは立ち去ろうとした。


「もう魔王は死んだことだし、勇者は廃業だ。おれは道化師にでも転職して……」


「何を言っておる。魔王は目の前にいるではないか」


「あっ」


 空は再び雲に覆われ、空気までくすんだ灰色と化す。


 そう、エルサタンには娘があったのだ。今ロガーノの目の前でふてくされたような顔をしているのがそれ。


 いや、でも、どう見ても魔王というよりは、わがままそうなお嬢って感じじゃありませんか?


「……君、お父さんの遺志を引き継ぐ気はある?」


「もちろんだ」


「じゃあ殺す」


「あっ、いや、でも、今しばらくはそのつもりは……」


 素早く剣に運ばれたロガーノの手を見て、たちまち彼女の威厳は吹き飛んだ。いやまあ、もともとあまり感じられもしなかったのだが。


「でもそのうちするんだろ。やっぱり殺……」


「いやほんと、しません。しませんというよりできません。反乱されてますので……」


「あっ、そうか」


 またまた失念していた情報の再登場。鳥より鳥頭らしく見える。そう、彼女は玉座を追われたとも言っていたのだ。


「反乱軍は五つに分かれ、それぞれが魔王の座を目指して争っている。各地で勢力を高めようとしているようだ。」


 また魔王っぽい口調に戻って魔王、というか元魔王が続ける。


「ぜんぜん平和でないじゃないの」


 ロガーノはため息をつく。道化師への転職は当分先のことになるらしい。せっかくエレファント・ジャグリングの練習をひそかに積んでいたのというのに。


「オーケー。わかったよ、じゃ、おれはそれを潰してまわることにしよう。それじゃ、今度はほんとにサヨナラ……」


「待て」


 ぞっ。と、イヤな予感がロガーノの身内を駆け巡る。そしてこういうものはたいてい的中するものなのだ。


「我も行こう」


 魔王は立ち上がり(今までは座っていたのだろうか)、多少なりとも威厳を取り戻した風に宣言した。


「父上より賜りし我が名はコルデッス。今は亡きエルサタンの後を継ぎ、魔族万軍の主として玉座につき……」

 

 目をつむり、口上に長々と熱中していたコルデッスは、おかげでロガーノがとっくに目の前を立ち去っていたことに気づかなかった。


 しばらくして目を開け、自分が一人取り残されたことに気づいた時、彼女は黙り込んで、ロガーノの後を追い始めるのだった。

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