四月二日
次の日、少し早めにバイトに行って、人生で初めて新聞を買ってみた。
事務所に入って紙面をめくりながら目を通してみると、地方面の片隅に『ダンプカー暴走』という記事を見つけた。
『四月一日午前九時頃、ダンプカーが暴走して信号機に接触。
運転手は重傷だが、通行人の救助により一命を取り留めた。
暴走の原因について捜査を続けている』
と、起こった事象だけを伝える端的な記事だった。
地方の一都市で起きた交通事故なのだから当然の扱いとも言えるが、そんな小さな記事でも新聞に載っているという強すぎる『現実』を突きつけられ、依田は昨日巻き込まれた『現実』が『嘘』ではないと強制的に再認識させられてしまった。
(一体どうなってるんだ? 夢遊病患者にでも俺はなったのか?)
もはや『現実』を受け入れるしかなくなった依田は、思考を切り替えることにした。
ダンプカーの事故が本当のことなのだとしたら、それを認識できていない自分がおかしいと考えるしかない。
確かに昨日は珍しく寝坊をしてしまったが、とは言えそんな急に寝ぼけて動き回るようなことになるだろうか? それに免許を取る時に習っているとはいえ、救命救護が事故現場でとっさにできるとも思えない。
(みんなが俺を担ぐことにメリットなんてない。
そうなると、やはり俺が正常で、周りがおかしくなってると考える方が正しく思える。
みんなが変になった何か――)
「お、依田クン来てたんスか」
「おはようございます、田村さん」
新聞を手に思案していると、事務所のドアが開いて同僚の田村が入ってきた。
金髪のいかにもチャラ男だったが、それなりの古株で依田も仕事を教えてもらっていて、そんなに悪い印象は持っていなかった。
「そう言えばダンプカーの事故、救助したの依田クンなんでしょ。すごいっスね!」
「あ、あぁ、そうですね……」
田村にいきなり事故の件を出されたが、依田もまだ完全に合わせきれず生返事になる。
(田村さんまで信じてる、俺の『嘘』を。
昨日俺が店長に『嘘』をついてからおかしなことになった。
それなら……)
「田村さん、そのダンプカーの救助の件、『嘘』なんですよ」
明確に否定をしてみると、田村は一瞬目を丸くしていたが、
「ハハハ、面白い冗談スね。ほら、そろそろシフトの時間スよ。仕事しましょ、仕事」
笑いながら、そのまま事務所を出て行った。
(『嘘』の否定に意味はない、か――)
その後、仕事をしながらも、依田はひたすら今起きているこの不可思議な事象について考え続けた。