四月一日 1
「やってしまった……」
依田が見つめるスマホの画面には『10:19』という数字が大きく表示されていた。
その下には予定通知が出ているが、『10:00 バイト』と出ている。
「マジか、昨日の今日だぞ……」
青ざめる依田だったが、ひとまず動き出すしかない。ベッドから起き上がってサッと服を着替えると、寝ぐせもそのままに家を出た。
遅れているのであれば、まず電話をすべきではあるのだが、
(どうせ一〇分程度の距離だから、さっさと行った方がいいだろ)
社会人としては、あまりよろしくない思考でバイト先へと駆け出す。
これは完全に依田の悪い癖だった。
一言でも遅れるのが分かった時点で連絡を入れておけばまだ大目に見てもらえるのに、それを蔑ろにするものだから、いつも余計に相手の怒りを助長させてしまっている。
おかげでこの半年の期間で務めたバイトは三つ。そのことごとくでクビになっていた。
そして四つ目である今のコンビニも今日で終わりになってしまうかもしれなかった。
(近場でできるとこは一通り行ったからホント今回クビになるとまずいんだけどな……)
愚痴ってみるが、これまでとは違って今回は本当に『ただの寝坊』だ。
どうやって言い訳したものか考えている間に、その身はコンビニの前に到着していた。
二の足を踏んでしまいそうになるが、意を決して足を踏み出すと軽快な音楽とともに自動ドアが開く。
すると、ちょうどレジカウンターのところに店長が立っていた。
「――依田くん、ちょっと後ろに来てもらえるかな?」
「は、はい」
依田の姿を見た店長は鋭い視線を向けて、彼をレジ後ろの事務所へと呼んだ。
ここですぐに怒ってくるなら覚悟できているが、一度冷静な姿を見せられると余計に恐ろしいものだ。
依田は大人しく事務所へと入ると、店長は腕を組んで椅子に座っていた。依田が扉を閉めると、すぐに口を開き始める。
「依田くん、私は昨日言ったよね? 次遅刻したら辞めてもらうって」
「はい……」
「私はね、君と違って嘘つきじゃないから本当にやるよ。クビ」
抑揚もなく告げられた言葉は覚悟していたものではあるが、それでも依田は鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。
とは言え、やってしまったものは仕方ない。その結果としての予告されていた罰を受けるのだから、それは当然だ。
だが、それでも看過できなかったのは、
「いや、俺は嘘つきじゃないんですよ。これまで遅刻した理由は本当で――」
「だからそれが信じられないって言ってるんだよ!
何、今日もまたそんな理由があるって言うのか!? 言ってみろよ!」
依田の抗弁に火が点いたのか、店長はついに声を荒げた。
それに依田は言葉を返そうとするが、
(いや、今日はただの寝坊だ……。それを素直に言っても……)
さすがに今日のことについては、依田も言い訳しようがなく言葉に詰まる。
そんな依田の様子を見た店長は鼻で笑うと、
「ほれ見たことか。これまでもどうせ寝坊でもしてたんだろ。そんな不真面目な人間はうちにいらんよ。もう帰ってくれ」
もう話は終わりだとばかりに言い放ち、席を立とうとする。
すると依田はとっさに、
「今日は『目の前でダンプカーが事故を起こしたんで救助してた』んです――」
そんなことを口走っていた。
言った依田自身も、どうしてそんなことを言ったのか分からない。この場をしのぐためだけに、自分の脳がバグを起こした結果かもしれない。
だが、それにしても、
(その言い訳は苦しすぎるだろ――――ッ!!)
思わず自分自身にツッコミを入れてしまうぐらいだった。
当然、それを聞いた店長も呆気に取られていたが、しばらくすると深くため息をついた。
「……依田くん、帰ってくれ。これまでの分の給料はちゃんと振り込んでおくから」
あまりにも突拍子もない言い訳にもはや店長も呆れかえっていた。
依田からしてもこれ以上は無理だと確信し、大人しくドアを開けて出ていこうとした。
そんな時に、
「店長――あ、依田さん」
ドアが先に開けられたかと思うと、店員の女の子が立っていた。
「どうしたんだい、小宮さん。何かあった?」
「あ、えっと――」
店長が声をかけると、小宮と呼ばれた店員は視線を依田へと持っていくと、
「警察の方がいらっしゃってるんです。何か、依田さんに用事があるとかで――」
「「――――――警察?」」
まったく意図しない単語を聞いて、思わず依田と店長の言葉は重なっていた。