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三月三十一日

(どうしていつもこうなるんだろうなぁ……)

「――依田(よだ)くん、聞いてる?」

「あ、はい。聞いてます」

 依田と呼ばれた青年が返答すると、対面で椅子に腰かけている中年男性がため息をついた。

 男性の胸元には『店長』の文字とともに笑顔の写真が貼られているが、今の表情は真逆の般若面だ。

「これで何回目の遅刻だと思ってるの? 君が遅れると、前のシフトの人が困るのは分かるよね?

 それなのに何だい、君は。遅れて謝るのはいいとして、遅刻の理由が『車にはねられそうなネコを助けた』だ?」

「いや、それは本当なんですよ」

「そんなマンガみたいなことが現実にあるわけないだろ!」

 店長はスチール机を店長は力強く叩いて、依田の言葉を遮る。

 腕を組んだ店長は壁に貼られたカレンダーを見ながら、

「――三日前は何だったっけ?」

「三日前は『信号が全部赤だったんで』」

「一週間前は確か『信号を渡ろうとしていたおばあさんを助けてた』からだったか」

「違いますよ。『駅前で』困ってたんですよ」

「どっちでも一緒だ!

 君が来てから三カ月ほどだが、シフトの半分近くはそんなバカげた理由で遅刻してるんだぞ!

 嘘にしか聞こえないんだよ!」

 再度店長は机をドンと叩く。机の上に置かれたバインダーが落ちそうになっているがおかまいなしだ。

 その様子を立ちながら見ている依田からするとヒヤヒヤしていたが、視線がずれていることに店長に気づかれた。

「そんなに反省がない様子だと、辞めてもらわないといけないからね!」

 最後通牒の言葉を聞いて、さすがの依田も意識を店長へと戻した。

「す、すんません! さすがにそれは勘弁してください!」

 依田は九〇度を超えて深々と頭を下げた。狭い室内のせいで、依田の頭が店長の膝にぶつかりかける。

 その勢いに店長の方が驚いてしまい、体をのけ反らせることになった。

「すんませんしたっ!」

 謝罪の言葉を吐きながら、依田は引き続き頭を下げ続けている。

 さっきまでと打って変わった真摯な謝罪の姿にのまれてしまったのか、

「……つ、次! 次遅刻したら辞めてもらうからねっ!」

「ありがとうございます! 次はしませんっ!」

 店長もすっかり毒気が抜かれてしまった様子だ。

「分かってくれたらいいから仕事行って、仕事。納品も来てるから急いでね」

「はい! いってきます!」

 ガバっと頭を上げた依田は、今度は小さく頭を下げてから、扉を開けて外へと出た。

 彼の目の前には、レジカウンターと、その奥に大量の商品が並べられた棚が広がっている。

 そう、ここはとある街のコンビニ。

 依田を叱っていたのはこの店の店長で、依田はこの店のアルバイトだ。

 軽快な音楽とともに自動ドアが開くと、また一人、お客が入ってくる。

「いらっしゃいませー」

 声をかけながら、依田はレジカウンターから店内へと出ると、棚の前で作業している同僚に声をかけた。

「すまん、遅くなった」

「依田さん、勘弁っすよー。ただでさえ納品の時間は人足りないんすから」

「悪い悪い。後でコーヒーおごるからさ」

「はぁ……、絶対っすよ……」

 同僚は呆れながらカゴから商品を出す作業に戻ったので、依田も自分の担当の棚へと向かう。

 その途中でため息をつくと、

(やれやれ、今回はどうにかなったけど、次回もどうにかなるもんかな)

 彼が左手に視線をやると、手の甲には何かでひっかいたような擦り傷があった。

(遅刻の理由は大体、本当なんだけどなぁ……。でも信じてもらえないし、次のバイト探さないとダメかなぁ……)

 肩を落としながらも彼は棚の前にやってくると、品出し作業を始める。

 黙々と働きながら、依田誠の三月三十一日は過ぎ去っていく――。

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