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あなたは運命の人7

 放課後。

 お兄さまにお願いしてミュエルを馬車のところまで送ってもらったけれど、悲鳴が聞こえないことを察するに幸いにも水浸しの廊下にもカエルにも遭遇せずに帰れたようだ。

 私は迎えにきてくれたヴィルレリクさまと共に、閑散とした校舎を歩く。


「ウィルさま、どちらへ向かうのですか?」

「美術室」

「……美術室で罠を仕掛けたのですか?」

「うん」


 ますます嫌な予感がする。のんびり歩くヴィルレリクさまの横で、私はちょっと早歩きになった。


 美術室の前まで来ると、ヴィルレリクさまが静かにするようにと私に示す。音を立てずにドアを開けて覗いてから、私に軽く頷いた。

 中には既にセリーナさまがいるらしい。

 私も覗かせてもらうと、明かりのついていない美術室で、イーゼルや椅子が乱雑に並ぶ間にひとりセリーナさまが立っているのが見えた。スタイルがいいので彫刻のようだ。やや逆光になっている彼女が何をしているのかとしばらく眺めていて、何かが舞っているのに気が付き私は思わず叫んだ。


「ダメー!!!」

「あ、リュエット」


 思い切りドアを開き、びっくりした顔でこちらを見ているセリーナさまに迫り寄る。後退りする彼女に近付くと、その手にあったスケッチブックを引ったくった。

 一番手前になっているページは、半分ほどが破かれて千切られ床に落ちている。残りの半分には、女性の胸元と腕が描かれていた。

 ペラペラとめくり他のページを確認する。中庭にある噴水と木の影、授業を行う先生、バスケットに入ったお菓子、そしてテーブルの下を歩く鳩の、ふかふかした首元に動き出しそうな脚。


「やっぱりー!! これヴィルレリクさまの絵!! 破くなんてひどい!! セリーナさまがそんな極悪非道なことをする人だとは思いませんでした」

「な、わ、わたくしは」

「こんな芸術的な作品を破壊するなんて! 人間のすることじゃありません! 地獄に落ちますよ!!」


 歩いて近付いてきたヴィルレリクさまが私が抱きしめているスケッチブックを抜き取って閉じながら「まあ落ち着いて」とのんびり声を掛けてきた。残念ながらそんな落ち着いている場合じゃない。国家的損失である。逮捕してほしい。


「ここに名前書いてあるからそれで問い詰めようと思ってたんだけど……リュエット、よくあの距離でわかったね」

「間違うはずありません。ヴィルレリクさまの絵はどんな画材でも簡単な絵でも線が動き出しそうに生き生きしていますから。風が吹いている様子が伝わってきそうというか。それに特徴的なのは動物が可愛らしいことで、ふかふかした感じが」

「リュエット。推しちゃダメだよ」

「お、推しません」

「あと呼び方戻ってる」


 ずいっと急に迫ってきたヴィルレリクさまに真剣な声でそう言われ、私の興奮はすぐに冷めた。最近一緒にいる時間が増えたせいで感じなかったけれど、ヴィルレリクさま、やっぱり謎のラスボスっぽいところがある。

 私は意識的に冷静になるよう努め、改めてセリーナさまに向き合う。


「セリーナさま。どういうことですか」

「……」

「僕が恋人を描いたスケッチブックを忘れてきたって言ったから、こっそり破きに来たんだよね」


 なんですって。

 恋人を描いたということは、つまりビリビリに破かれたこの破片は、ヴィルレリクさまが描いた私ということに……。

 見たい。あとで拾い集めて繋ぎ合わせたい。


「……わざと、私に聞こえるようにおっしゃったのですね」

「そう。他にやってる嫌がらせを止めるなら大事にしない」


 むしろ嫌がらせはどうでもいいから、ヴィルレリクさまの作品を破いたことについて心からの反省をしてほしい。そう思っていると、ヴィルレリクさまがすっと私を見た。私はそっと目を逸らした。


「ヴィルレリクさま、なぜ、なぜ私ではなく彼女なのですか? 幼い頃からの関係も、家柄も、私の方がふさわしいはずです。ヴィルレリクさま、どうか考え直していただけませんか?」

「リュエットのことは、家柄やふさわしいかで決めたわけじゃないから」


 セリーナさまの表情が悲痛なものへと変わっていく。

 ヴィルレリクさまが断ってくれたことは嬉しいけれど、好きな人にこうして断られることを思うと胸が痛くなる。長い間想っていたからこそ、こうしてしてはいけないことをしてしまうほどに思い詰めているからこそ、ヴィルレリクさまの言葉に絶望してしまう筈だ。

 セリーナさまのヴィルレリクさまを一心に見つめる瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちる。


「どうして、私ではだめなの」


 心の軋みのような言葉に、ヴィルレリクさまはちょっと首を傾げる。


「セリーナ嬢、昔、あなたを魔力画に描いたことがある」

「え……」

「そうなのですかウィルさま?!」

「うん。その時、セリーナ嬢は泣いて嫌がったんだよね。自分が勝手に動き出したみたいで怖いって」


 覚えてる? とヴィルレリクさまが訊くと、セリーナさまも覚えているのか、小さく頷いていた。彼女が11歳の頃の、と呟くとヴィルレリクさまが頷く。

 2人が幼馴染みであり、共通した記憶を持っているのだというのが伝わってきて羨ましくなる。学園に入ってからのヴィルレリクさましか知らない私よりも、セリーナさまのほうがうんと長い時間を一緒に過ごしているのだ。


「今、魔力画に描くって言ったらどうする?」

「……もう泣いたり嫌がったりしませんわ。私、ヴィルレリクさまが望むなら何だってして見せます」

「ふうん。リュエットは?」


 急にヴィルレリクさまがこちらを向いて話を振ってきた。慌てて顔を上げると、ヴィルレリクさまがちょっと首を傾げながら訊ねてくる。


「魔力画に描くって言ったらどうする?」

「……え?! 私を魔力画に……ヴィルレリクさまが描くということですか?!」


 それは最高ですね……。

 大好きな魔力画の中に、自分も入ることができる。しかも一番好きな魔力画家に描いてもらえるだなんて、かなりの魔力画好きでもそうそう与ることのできる幸運じゃない。魔力画はいつまでも褪せることのない絵なので、私自身が死んだ後も何百年と生き続けることができるのだ。ヴィルレリクさまの魔力画は画力が極めて高いということもあるけれど、動く仕組みである魔術についてもかなり凝っている。動きの滑らかさや仕組みの複雑さ、どこをどう動かせばより単純な仕掛けで自然に見えるか、素人目から見てもかなり洗練されたものだということがわかるのだ。ヴィルレリクさまの絵と魔術で再現された私なんて、想像するだけで私が代わりたいくらいうらやましすぎる。

 しかもさっき、ヴィルレリクさまは11歳の頃にセリーナさまの魔力画を描いたと言っていた。いくらこれまでの記憶があるからといって絵は技術力も必要なのに、11歳だなんて才能が光りすぎている。もはや聖人とか魔力画の神が地上に降り立った姿といっても過言ではない。ヴィルレリクさまの子供の頃の魔力画、どんなのを描いたのか観たい。今まで描いたものはキャストル家でちゃんと保存されているのだろうか。全部見たいし全部ヴィルレリクさまの絵を飾る展覧会とかしたい〜あぁ〜推してしまう〜ヴィルレリクさまのことを全力で推


「推したいと思ってる?」

「……お、思ってません……ヴィルレリクさまは、推しじゃありません……」


 いきなり頬をがっと掴まれて、ラスボスな顔で迫られ私は現実に戻ってきた。

 思い出した。私は決して推してはいけないのだということを。

 同じ言葉を繰り返すと、ヴィルレリクさまがうん、と頷いて離してくれた。それからセリーナ嬢を見る。


「僕はこういうリュエットが好きだから、一緒にいたいと思っただけ」


 ヴィルレリクさま、推すのはダメだけど、私が沼っているところを見るのは好きらしい。なんだか乙女心がちょっと微妙な気持ちになった。いや、これはセリーナ嬢との大きな違いを見せるために言っただけだと思いたい。


「……私だって、あなたが望むなら喜んで」

「そういうことじゃないし、そう思われても嬉しくない。あなたにはあなたに合った人がいるだろうけど、僕じゃない。何をしても気持ちは変わらない」


 ヴィルレリクさまの言葉にセリーナさまが俯き、そしてポロポロと涙をこぼしはじめる。何を言ったらいいか言葉を探しているうちに、ヴィルレリクさまが私の背中を押して美術室から出るように促す。

 今のセリーナさまにとっては世界が終わったような辛さを感じるだろうけれど、ヴィルレリクさまが言った通りに彼女に合う人が現れて幸せになってほしい。私に思われてもきっと嬉しくないだろうけれど、そう願わずにはいられなかった。






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― 新着の感想 ―
[一言] そうだった。 可愛らしい見た目でも即動けるタイプなのがリュエットだったし、好きなものに存分に沼れるオタクでありました。きっとあの思考はノンブレス。 そしてきっとリュエットならヴィルレリクさま…
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