あなたは運命の人6
「リュエット、放課後、少し用事があるんだけど」
「そうなのですか? ウィルさま、もしご迷惑でなければ待っていてもよろしいですか?」
午後の授業が始まるまでまだ余裕がある。
パイ生地で作った細長いクッキーのようなお菓子をつまみながら返事をすると、ヴィルレリクさまもうんと頷いた。その表情がどこか曇っている気がして、私は声を掛けた。
「ウィルさま、何かあったのですか?」
「セリーナと話をしてこようと思う」
「セリーナさまと……」
「リュエットが困ってるから、嫌がらせをやめてもらう」
私が困っているのは、カエルの出没率が高くなりミュエルが参っていて可哀想だからだけれど、やめてもらえるならそれに越したことはない。
今日は困っているミュエルのために、生徒会で使っている部屋の一室を貸してもらって食事をしていた。カエルとは1階の廊下で遭遇する確率が高いので、3階かつ人通りが限られている場所に避難したのだ。お兄さまの「我が国における鋳造と神話の関係性」というテーマだけでも眠くなりそうな話でも心安らかになれるほどミュエルが追い詰められている。
私がいると狙われてしまう可能性があるので、少し離れた別の部屋を借りてヴィルレリクさまと昼食を食べた。
嫌がらせをしようと思っている人からすると、自分が耐えられるけれど相手が嫌がるもの、という妥協点がカエルなのかもしれないけれど、住処から離れた場所まで連れてこられるカエルだって可哀想だし、他の生徒も嫌がっている。
しかし、私たちが遭遇するところをセリーナさまが見ていることが多いのでやっぱり犯人なのではないかと思ってはいるけれど、実際にやるのは誰かに頼んでいるようで証拠はまだ見つけられていなかった。
「セリーナさまだと確証が得られたわけではないですよね」
「うん、だからちょっと罠を仕掛けておいた」
「罠? あの、それは安全なものですか?」
「安全だけど、リュエットは見ないほうがいいかも」
サクサクとおやつを食べながらヴィルレリクさまがそう言ったのを聞いて、私はなんだか嫌な予感がした。
「ウィルさま、私も一緒に行ってもいいですか?」
「できれば見ないほうがいいと思うよ。リュエットにとって嬉しくないことだろうし」
「お願いします」
頼み込むと、ウィルさまは最終的にいいよと言ってくれた。
どんな罠なのだろう。魔術犯罪を取り締まる機関と関係が深いヴィルレリクさまだから、間違っても危険なことはしないとは思う。けれど、ヴィルレリクさまの知識は、今の人生だけで積み重ねられたものではない。
嫌がらせはなくなってほしいけれど、ヴィルレリクさまが無理をするのはもっとやめてほしい。せめて私にできることはないだろうかと考えていたら、目の前に細長いお菓子が現れた。
「そんな難しい顔しなくていいよ。はい」
「あ、ありがとうございます……」
手で受け取ろうとすると、すいと避けられる。
「口開けて」
「えっ」
「早く」
「あの、そんな、そんなこと、していただくわけには」
急に恥ずかしくなって断っていると、喋っている口にお菓子を入れられた。サクッと音がするのと共に黙ることになり、私は黙ってお菓子を食べる。半分残ったクッキーを持ちながら「美味しい?」と訊いてくるヴィルレリクさまには、私は頷くだけで精一杯だった。
層が重なった生地に溶けて艶を与える砂糖、細かく砕かれてトッピングされたナッツと、ほんの少しだけ感じるバターの塩味が絶妙に美味しい。
美味しいのだけれど、こんな風に食べたらその美味しさだってよくわからなくなってしまう。
ヴィルレリクさま、たまにこんなラブラブカップルがしそうなことをする。本人はいつもと同じ飄々とした様子だし、そんなに意識してやってないのかもしれないけれど、やられる側としては心臓がいくつあっても足りないくらいだ。
ヴィルレリクさまは人をじっと見るくせがあるので、慌てているところを見られるのもまた恥ずかしいし。
「もう一つ食べる?」
「あの、ウィルさま、自分でいただきますから。美味しいですから」
「よかった。リュエットがミュエル嬢のお菓子をよく褒めてるから、ロデリア伯爵に頼んで一人貸してもらったんだ。今うちの職人に色々教えてもらってる」
「そうなのですか?」
「うん。自分の家で食べられるほうがリュエットも嬉しいかなと思って」
ヴィルレリクさまが「うち」と呼ぶのはキャストル家であって。
学んでいる職人もキャストル家にいる職人であって。
それを、「自分の家で食べられるほうが私も嬉しいと思って」ということは、その、つまりそうなったときのためにということであって。
「う、嬉しいです……」
「それはよかった」
琥珀色の目がにこっと笑ったので、私はますます恥ずかしくなってしまい、魔力画を盾にしてその視線から逃れた。
ヴィルレリクさまが「ワニで顔を隠すのはやめて」とちょっと本気まじりの声で言った。




