あなたは運命の人3
4人で昼食を食べ、それから午後の授業へと戻る。午後の最後の授業は美術なのでしっかりしないとと思いながら授業に臨んだけれど、それでもリュミロフ先生に「迷いが見られますね」と言われてしまった。絵には心が映し出されてしまうらしい。
「リュエット」
「ウィルさま?」
3年生であるヴィルレリクさまも美術を選択していて、屋内での課題が課せられている今月は教室が隣同士だった。といってもヴィルレリクさまの受けている授業の方が難しく時間がかかりやすいため、私の方がヴィルレリクさまを待って一緒に帰ろうと約束していたのだけれども。
私が美術室を出ると、すでにヴィルレリクさまが廊下で待っていた。
「今日はデッサンだから早く終わった」
私の感覚だと、デッサンって時間がかかってしまうのだけれども。
ヴィルレリクさまは成績優秀者だし、素敵な魔力画をいっぱい描けてしまう人……ではないという体だけど簡単な絵はサラサラっと描いてしまうし、デッサンくらいは簡単に終えてしまうのだろうか。羨ましい。
ヴィルレリクさまのデッサン、すごく見てみたいと思ったのがバレたのか「見たいなら今度リュミロフ先生に見せてもらって」とあしらわれて歩くように促される。私は同じ授業だった友達に挨拶してから一緒に歩き出した。
私たちは向かい合わせで馬車に乗り、ヴィルレリクさまの合図で馬が進み出す。
「今日、何があったのか聞いた」
「えっ?」
「ミュエル嬢が」
四つ折りにされた紙をヴィルレリクさまが摘んで見せる。薄桃色で小さな箔押しのある便箋は、ミュエルのものだ。
私のことを心配して、午前の件をヴィルレリクさまに伝えてくれていたらしい。
「トートデリア家とうちは親交があるけれど、セリーナ嬢と特別親しくしたり婚約の約束をしていたということはないよ」
「はい」
「遊んでいたのも子供の頃だし、学園に入ってからはほぼ喋ってない」
ヴィルレリクさまは早くから家のお仕事を手伝っていたということもあって、授業も不自由がない程度に休んでいたり、学内行事の舞踏会も最初だけ出席して帰ることも多かったそうだ。なので、セリーナさまと近付く機会が少なかったというのはわかる。
ヴィルレリクさまがこういうときに嘘を吐かない人だということも知っている。
「他の……」
「なに?」
「これまでに生きてきた記憶の中でも、ウィルさまはセリーナさまと親しくなることはなかったのですか?」
言ってから、すみません、と私は謝った。
ヴィルレリクさまは向かいに座って、私の言うことをじっと聞いている。
「ウィルさまにとってはあまり思い出したくない記憶でしょうから、答えなくてもかまいません。でも、私と恋人になったのは、今この世界でのたった一度だけですよね」
この人生がたまたまで、ヴィルレリクさまが他の人と生きていくほうが正しい人生だったらどうしよう。前世を思い出さない私のほうがあるべき姿だったらどうしよう。
そう考えると恐ろしかった。私たちの記憶に神様のご意志があったとして、それが「やはり間違いだった」とある日突然、元のように正されてしまったら。
幸せになればそれだけ、失うことに対する不安を感じるようになった。
「確かに、今までの人生では家の関係で何度かセリーナが婚約者になったことはあるけど」
「そうですか……」
「でも、恋人になりたいと思ったのはリュエットだけ。他の人に対して思ったことはないよ」
ヴィルレリクさまの言葉にちょっと嬉しくなってしまう自分が単純で恨めしい。
「……ウィルさまは、今の私とこれまでの私、どちらが好きですか?」
「どちらというか、これまで見てきたリュエットは仲良くなる前にみんな死んでたから、よく知らない」
「死……そ、そうですか」
その記憶がないからいいとはいえ、私、死にすぎでは。ヴィルレリクさまに印象を持ってもらうほどでもなかったのが良いことなのか悪いことなのか判断に困る。
「もし今の人生がたまたまで、何かが起こって死んだときにまた違う人生になるとしたら、僕は今の人生に辿り着くまでまた何度でも生まれ変わるつもり」
「……違う結果の人生が嫌になるほど繰り返されても、ですか?」
「それは慣れてるし」
「あまり慣れてほしくはないです……けど、そう言って貰えるだけでも嬉しいです」
私が微笑むと、ヴィルレリクさまが立ち上がり「つめて」と言って私の隣に座った。私の手を取ったヴィルレリクさまの手は、いつでも温かい。
「仮に、また繰り返す人生に戻ったとするけど」
「はい」
「今まではどうすればいいかわからずにただ繰り返してただけだけど、今はどうすればいいかわかったから、前ほど繰り返しはしないと思う。リュエットを守って、リュエットに気付いてもらえるようにするだけだから」
「……はい」
「あと、もうリュエットの好きな絵柄とか物とかわかったから大丈夫」
「そ、それは大丈夫なのでしょうか?」
「うん、大丈夫」
力強く頷かれて、私は思わず笑ってしまった。
確かに、ヴィルレリクさまの描く絵は魔力画でなくても私の好みを突いてくる。もし私が前世の記憶がなかったとしても魔力画の沼にハマってしまうくらいには魅力的なので、私がヴィルレリクさまに惹かれてしまうことは確定したと言ってもいいかもしれない。
「じゃあ、私もウィルさまとまたこうして暮らせるように頑張ります」
「今のところは、この人生をつつがなく生きていこうと思ってるけどね」
「あ、そうですね」
過ぎてしまったことや、これからのことを心配してもキリがない。ちょっと変わった過去のせいでとらわれがちだけれど、きっとそんな記憶がなくてもそれは同じなのだ。
もし、不慮の事故で何かが起きてこの人生が終わってしまっても、今度も私はリュエットとして生まれてきたい。ヴィルレリクさまと出会って、事件に巻き込まれて、一緒に生き残る今の人生が末長く続くまで見てみたい。
「ウィルさま、大好きです。いつまでも一緒にいたいです」
「うん。もし人生が終わってもまた見つけるからそうしよう」
「はい」
少なくとも、こうして2人で幸せになる人生がここにある。
ヴィルレリクさまの微笑みをみられる喜びを、ずっと忘れずにいたいと思った。




