運命を決めるのは誰ですか?11
雪が本格化する前に、私は家族と一緒に領地へと戻った。今年は雪が多かったけれど、ミュエルと文通を繰り返したり、新年を迎えた後はヴィルレリクさまがお祝いの絵をプレゼントしてくれたり、そのお礼に悩んだりと、今まで以上に楽しく過ごせた。
「ウィルさま、ごきげんよう。お迎えありがとうございます」
「うん。そのドレス、似合ってる」
王都へと戻り、今夜は学園で年初めの舞踏会が開催される。
お父さまからエスコートしてもらう許可をもぎとり、迎えにきてくれたヴィルレリクさまは私を見て微笑んだ。少し濃いエメラルドのドレスと対になるように、ヴィルレリクさまの胸元に共布で濃い緑のハンカチを差し込む。綺麗に見えるように位置調整を頑張っていると、琥珀色の目がすぐ近くで私を見ていて緊張してしまった。
飄々とした態度のヴィルレリクさまは、恋人になってみるとかなり細やかに気持ちを伝えてくれる人だった。間をおかずにお誘いをくれたり絵を贈ってくれることもそうだけれど、何もないときにもメッセージカードを送ってくれたり、珍しい花の押し花や異国のお菓子など、会うときにはちょっとしたプレゼントをくれたりもする。どれも素敵で楽しいものばかりなのは、私の好みを覚えてくれているからなのだろうと思うと嬉しさが倍になる。
「できました。これでいいでしょうか?」
「うん。ありがとう」
ヴィルレリクさまと微笑み合っていると、やたらとわざとらしい咳払いが聞こえてくる。
「リュエット、お兄ちゃまにもハンカチを差してくれないか」
「お母さまにやってもらってください」
「差別だ!! お兄ちゃまは許さないぞ!!」
男の人にハンカチを差すなんて、幼い頃にお父さまにして以来頼まれたこともなかったのに。私がハンカチの折り方をお母さまに教わっているときやたらと周囲をうろちょろしているなと思ったら、お兄さまもやってほしかったようだ。
お兄さまはいつも自分で差しているので放っておいてもよさそうだけれど、私はお兄さまの前に立ってハンカチを差してあげることにした。私が練習で刺した青いワニの入っているハンカチだ。お兄さまは「刺繍を出して入れてくれ」と言っていたけれど、絵と比べると拙いのでそっとワニが見えないようにして差しておいた。
今日は特に、次期当主であるお兄さまに変に拗ねられてしまうと困る。
「リュエット……」
「お父さま?」
振り返ると、お父さまがじっとこちらを見ていた。手にはハンカチを持っている。
学園で開かれる舞踏会なので、お父さまは出ないはずだけれど。社交界の集まりも今夜はないとお母さまが言っていたけれど。今日はお父さまの仕事も休みなので、特に出かける用事はないようだけれど。
「お父さま、少し屈んでくださいね」
ハンカチを受け取って、カジュアルな折り方でお父さまの胸元に差す。いつも冷徹そうに見える表情を崩さないお父さまは、私を見てなんとも言えない表情をしていた。
「リュエット、気が変わったらいつでも言っていいんだぞ」
「お父さま、今日の舞踏会はずっと楽しみにしていたので、嵐になっても行きます」
「舞踏会のことじゃない」
お父さまは言葉を継ごうとして、それから口を閉じる。できました、と胸ポケットのハンカチを示すと、お父さまは頷いて姿勢を伸ばした。それから軽く両腕を開いたので、私はそこに抱きついた。
「お父さまもお母さまも、ティスランもリュエットの味方だ。嫌だと思ったらいつでも守る。今夜でも、明日以降でも、もし気が変わったらすぐに言いなさい」
「ありがとうございます、お父さま。でも、その心配は杞憂に終わると思います」
「そうだと……いいが」
あんまり「いい」と思っていなさそうな声だった。お母さまが見兼ねて声を掛けてくれたので、私はお父さまと離れてヴィルレリクさまの隣へと戻った。
「ではお父さま、お母さま、行ってまいります」
「リュエットを無事にお返しします」
「リュイちゃん、ヴィルレリクさま、楽しんでね。ティスちゃんもあんまり邪魔しちゃダメよ〜。帰りを楽しみにしているわね」
お母さまののんびりした声に手を振り返して、私とヴィルレリクさま、そしてお兄さまは一緒の馬車に乗った。確かお兄さまは別の馬車に乗る予定だったけれど、しれっとキャストル家のふかふかな座席に落ち着いている。空いている隣をぽんぽん叩いて促されたけれど、私はヴィルレリクさまの隣に座った。せっかく2人で乗れると思っていたので、せめてもの抵抗である。
「リュエット、お父さまも言っていた通り、気が変わったらいつでも言うといい。予定なんて中止しても構わないものだ」
「中止しません」
「具合が悪くなったら延期するものだし」
「延期もしません」
「怪しいと思ったらやめておくがいい」
「思ってません」
私がじっと睨むと、お兄さまは黙った。
「お父さまもお兄さまも大袈裟過ぎます。ただ婚約の許しを貰うだけなのに」
ヴィルレリクさまがお父さまのもとに通って結婚の許しを乞うのと同時に、私もお父さまとお母さまに許しが貰えるようにとお願いし続けていた。お母さまは最初から賛成してくれていたけれど、お父さまはものすごく苦い野菜でも食べたような顔をして沈黙を続けていて、雪が溶けるころにようやく頷いたのだ。
私を完璧にエスコートできるのであれば、婚約することを許す、と。
さりげなく結婚の許しが婚約の許しになっているけれど、それでもお父さまが許可してくれると言ったのだ。まだ社交界に出ていない私が正式にエスコートしてもらえる機会は学園が開催する舞踏会くらいなので、私は今日という日をずっと心待ちにしていた。ちゃんとエスコートをしてもらえるように、マナーの復習をしたり参加する人の名前を覚えたり、舞踏会における会話集なんかも読んだくらいだ。
「だけ、じゃないだろう、だけ、じゃ。いいかリュエット、貴族の婚約というのはな、そのまま結婚へと繋がることがほとんどなんだぞ」
「お兄さま、そもそも婚約は結婚を前提としているものでは?」
「婚約なんてしてしまえば、そのうち結婚するものだという目で見られ、本人もその気になり、そして結婚してしまうのだぞ恐ろしい」
「だから、そのための婚約では?」
なぜ結婚が恐ろしいのだろうか。
お兄さまも舞踏会に参加するのだから、もうちょっとまともな状態でいてほしい。
「ティスラン。僕もリュエットも結婚したいと思ってるから安心していいよ」
「どこが安心できるんだ」
ね、と私に同意を求めてきたヴィルレリクさまに、ちょっと恥ずかしいけれど私も頷いた。手を伸ばすと、ヴィルレリクさまがそれを握ってくれるのが嬉しい。
「……ヴィルレリク、そう油断していてもいいのか。今夜のエスコートを完璧に仕上げなければ貴様はリュエットに触れる機会を永遠に失うわけだぞ。そして私にはその判断の一切を委ねられている」
「そういう決まりはなかったと思いますし、そんなことになったら私は家出してでもウィルさまのところに行きますから」
「じゃあその時はカフェで待ち合わせにする?」
「こらほのぼのと駆け落ちを計画するんじゃない!」
お父さまに認めてもらうためにも舞踏会では気が抜けないし、それをチェックしているお兄さまがいるというのも息がつまりそうだけれど、でもヴィルレリクさまと一緒に出られる舞踏会は嬉しい。
何か言っているお兄さまを気にせずに微笑み合うと、ヴィルレリクさまは思い出したと言って懐から何かを取り出した。
「はい、あげる。完璧なエスコートだから、プレゼント」
「かわいい! ウィルさま、ありがとうございます」
「一応何かあったときにも役立つし」
手に載せられたのは、慣れたサイズの魔力画だ。手のひらに収まるサイズの小さな額縁の中で、小さな小鳥がいる。そこにちょんちょんと近寄ってきたもう一羽が、咥えていた薄桃色の花をそっと小鳥に渡した。それから寄り添ってクチバシでお互いをつくろいはじめる。
ころっとしたかわいい小鳥なのに、その光景はとてもロマンチックに見えた。
「素敵……小鳥の羽が光によって色が変わって見えるところも、ふわふわの頬もとっても綺麗。背景のきらめきも、見たことない技法ですけど本当に美しいです。ウィルさまの絵、本当に大好きです」
「僕じゃないから」
かたくなに否定するところがヴィルレリクさまのかわいいところだ。本人が描いていないと言い張っているので、ヴィルレリクさまは魔力画家として作品ともども表舞台に出るつもりもない。推したい側としては残念だけれど、この素敵な作品たちとヴィルレリクさまを独り占めできるという点ではこれ以上ないほど幸せなことでもある。
「ヴィルレリク。我が妹にデレデレしていていいのか、まだ婚約は決まったわけではないんだぞ」
「大丈夫ですお兄さま。私とウィルさまは、2人一緒なら運命も乗り越えられるくらいですから」
「運命だと……?」
「ね、ヴィルレリクさま」
今度は私が首を傾げながらヴィルレリクさまを見ると、彼の琥珀色の目が優しく細められた。そして、ヴィルレリクさまは確信を持ったように頷く。
「うん。リュエットと一緒なら、どんな未来でも乗り越えていく」
この先に何が待ち受けていたとしても、きっと一緒にいれば大丈夫。
ヴィルレリクさまもそう思っているのだと伝わってきて、私たちは一緒に微笑んだ。
本編はこれで完結です。お読みいただきありがとうございました。
番外編を足す予定ですので、もう少しだけお付き合いいただけると幸いです。




