運命を決めるのは誰ですか?9
ヴィルレリクさまが浮世離れした雰囲気を持っているのは、人生を繰り返していた記憶を持っていたからなのかもしれない。そう思うと切なくて、それでもこうして投げ出さずに生きている彼を強い人だと思った。
「聖画を葬ることは何度も試したけど、今までは最初の一枚だけしかできなかった。リュエットがいたおかげだと思ったけど、まさかリュエットも生まれ変わりの記憶を持ってるとはね」
「はい……」
「リュエットはこれまでのことどれくらい憶えてるの?」
同じ自分の人生を繰り返し行ってきたヴィルレリクさまの壮絶な体験からすると、私の前世の記憶なんてなんかしょぼいというか、恥ずかしくなってきた。
私が持っている記憶は一回だけなので特に絶望や無力感を感じることもなく、思い出したのも学園に入ってからなので子供時代に思い悩むこともなかった。極め付けにその前世は割と平和な人生で、そしてその記憶のほとんどが当時やっていたゲームの内容だった、だなんて。
「私のはその……ちょっと、いやかなりウィルさまと違うといいますか、その、今の人生にあんまり関係ないことのような」
「いや、抜け出せたのはリュエットが今までと違っていたからで、それは多分関係あると思う」
ヴィルレリクさまは確信しているかのように言い切った。
「嫌でなければ詳しく教えて?」
「……はい。あの、私が持っている記憶は、この世界のものじゃないんです。でも、この世界についても知っていたと言いますか」
「どういうこと?」
訝しげなヴィルレリクさまに、私は全てを打ち明けた。
学園に入学したあの日に、これがゲームで見た光景だと気が付いたこと。全てを覚えているわけではないけれど、私はこの世界とは違った場所で生きていて、乙女ゲームをして、ラルフさまというキャラを推していた女性だったこと。ゲームで買ったアイテムが、私の持っているものとそっくりだったこと。
語れば語るほど滑稽な作り話に思えてきて、それでもヴィルレリクさまが真剣に聞いてくれるから言葉にできた。乙女ゲームの概念がここにはないので少し分かりにくかったようだけれど、分岐のある小説のようなものだと考えてくれたようだ。
「マドセリアに行ったときのドレスとネックレスもそうなんです。あれは、色んなアイテムへと交換できるもので」
そこまで喋って、それからふと気が付く。
あのドレスの背中が壊れたのは、もしかしてアイテムとして「使った」からではないだろうか?
壊れたと気付く前、サイアンさまが自らの首に剣を当てていて、私は死なないでほしいと心から願った。そしてあのとき、サイアンさまは確かに首を傷付けたのに、倒れた彼の首には何の傷も残っていなかった。私の手に付いたと思った血も消えていた。
恐ろしい光景だったので、私が勘違いをしてしまったのかと思っていたけれど、あのドレスが私の願いを聞き届け、その代わりに壊れたのだとしたら。もしかしたら、あり得ないことではないのかもしれない。
ヴィルレリクさまにそう言うと「可能性はあるね」と頷いてくれた。
「リュエットが渡してくれたあのネックレス、付けてすぐに壊れてしまったしちょうど攻撃を受けたせいで気を失ったけれど、微かに魔術のような気配があった。今の水準では想像できないけれど、願いを叶える強力な魔術が存在し、それがネックレスとドレスに掛かっていたのなら、サイアンが生き延びたのにも聖画が燃えたのにも納得がいく」
「あ、ネックレスも壊れたのは、願いを叶えたからだったのでしょうか。ヴィルレリクさまは、聖画を葬ることを願ったのですか?」
「あのときは無事に帰って、リュエットと一緒に未来を見てみたいって考えてた」
私と一緒に。
不意打ちでときめくことを言われてしまい、私はまた頬が熱くなってくるのを感じた。ヴィルレリクさまの手を握り締めているのが恥ずかしくなってそろそろと彼の手を戻すと、その手が私の後ろに回って肩をそっと引き寄せた。凭れ掛かるように私の右半身がヴィルレリクさまに触れてしまい、恥ずかしさの上に緊張も加わる。
「憶えてないみたいだけど、リュエットはどの人生でも絶対に死んでた」
「えっ、し、死んでたんですか私」
「しかも早めに死んでた」
「早めに?!」
繰り返し早めに死んでいたとか、繰り返されたリュエットの人生、どれだけ不幸だったのだろうか。前世で時間をかけて作ったアバターでもあるし、覚えがないとはいえ私自身のことなのでちょっとショックだ。
「知り合いの多くは聖画の政変で巻き込まれて死んだり、あるいは僕が死ぬときまで生きていたこともあった。でもリュエットは必ず死ぬ」
「えぇ……」
「しかも、政変に関係なく死ぬことが多かった。カフェの火事や事故、事件に巻き込まれたというのもあった。運良く生き延びても、サイアンとのあの場面で必ず」
「あ、だからあのとき」
教会で、ヴィルレリクさまはサイアンさまの行動を予測していたようだった。あの場面で「私がブローチを持ってくることができない」といっていたのは、今までの繰り返しの中で知っていたことだったのだろう。出会ったときに魔力画に近付きすぎないようにと言ったのも、それによって死んでしまった私がいたのだろうか。
「ヴィルレリクさまが私に死ぬよって度々言ってたのはそういうわけだったのですね……」
「うん。すぐ死ぬから。今までは忠告しても不審がられて信じてもらえなかったり、信じたとしても別の状況で事故に遭ったりした」
毎日が厄年みたいな人生の記憶、私にはなくて本当に良かったと思ってしまった。
今更だけど、お祓い行ったほうがいいのだろうか。
「でも、今のリュエットは、今までのリュエットとは違ってた。魔力画に夢中になってて、身代わりの魔力画も受け取ってくれた。今までそんなこと一度もなかったから、不思議に思ってたけど」
「今までの私、魔力画の沼……いえ夢中にならなかったせいで早逝したのでしょうか……」
前世を思い出したおかげで私の中にオタク気質が芽生え、魔力画の魅力に気付いたのだろうか。だとしたら魔力画の世界にはまったのも、生き残れたのも前世のおかげかもしれない。
「リュエットの行動が変わって最後まで生き残ったから、聖画を葬るところまで辿り着けたんだと思う。だから、こうしてここにいるのはリュエットのおかげ」
ヴィルレリクさまがそう言って微笑む。
琥珀色の目が穏やかに私を見ていて、それを眺めていると私まで嬉しくなった。ここに一緒にいること以外を考えられないからこそ、こうしていられることが嬉しい。
「ヴィルレリクさまが色んな魔術や魔力画について詳しかったのも、以前の記憶があったからですよね?」
「うん。積み重ねてれば大体わかってきたから」
「なら、ヴィルレリクさまが今まで頑張ってきたおかげでもあると思います。ヴィルレリクさまが助けてくれなかったら私も生き残れなかったでしょうし、聖画を燃やせたのも、ヴィルレリクさまの記憶があったからですから」
普通に学園へ通う生徒なら、聖画を燃やすこともその方法もわからなかっただろう。何度も悲劇を繰り返し、それを憶えていたヴィルレリクさまがいたから成し遂げられた。
そう言うと、ヴィルレリクさまはそうかも、と微笑む。
どういう仕組みなのか、なぜ私たちに記憶があるのかはわからない。
けれど、その全てがあったからこそ、こうして一緒にいられるのだと思うと、それも必要なことだったのだろうと感じた。




