運命を決めるのは誰ですか?6
「この黄色いのはマメゲラだね。うちの領地では春によく見るよ。小さくてよく鳴く」
「本当にいるのですね。可愛い。見てみたいです」
「お兄ちゃまは許さんアタック!!!」
唐突にサンルームの扉が開き、お兄さまが何故か転がりながら入ってきた。近くの椅子を巻き込んで騒がしい。
「……お兄さま、大丈夫ですか?」
「リュエットこそ大丈夫なのか!! お兄ちゃまが助けに来たぞ!!!」
「何を言っているのですか?」
立ち上がったお兄さまがずんずんと私たちの前へと歩いてくる。そしてソファの前にある低い楕円のテーブルを挟み、ビシッとこちらを指差した。
「何を不埒なことをしているんだ!! お兄ちゃまの意識があるうちは許さん!!」
「魔力画についてのお話をしているだけですけど」
「そんなことはない!! お兄ちゃまにはわかる!!! リュエットに、ひいては我が家に危機が迫っていると!!」
「お兄さま……お疲れが出たのでは?」
盛大に開け放した扉の向こう側では、家令や侍女たちが心配そうにお兄さまを見ていた。いずれ仕えることになるであろう次期当主だけに心配が絶えないのかもしれないと思うと、少し彼らに申し訳なくなる。
「いいやリュエット、この私の目は誤魔化せない。ヴィルレリク、貴様……我が妹に無礼を働いただろう」
「働いてないよ。キスはしたけど」
「ああああああ!!!」
「ヴィルレリクさま! お兄さまも!」
せっかく気持ちも落ち着いてきて、いつものように魔力画の話をしていたというのに、ヴィルレリクさまがあっさり数分前のことを暴露してしまった。抗議を込めて名前を読んでもヴィルレリクさまは「なに?」といつものマイペースを崩さず、そしてなぜかお兄さまが膝から崩れ落ちる。
「そ、そんなこと言わなくても」
「でも恋人になったからどうせ挨拶はするし。そのうち結婚の許しも貰いに来るから」
「結婚……」
「しないの?」
ごく当然のことのように、ヴィルレリクさまが首を傾げた。その私を見る琥珀色の目が優しいように見えるのは、私の願望からだろうか。
「し、します……」
「うぐあああああ!!!」
お兄さまが床を転がり、テーブルにぶつかったのでティーカップが音を立てた。大袈裟な人だけれど、もしかして本当に何かの発作でも起こしているのだろうかと心配になってくる。家令を呼ぶか迷っていると、ラルフさまがサンルームへ優雅に入ってきた。
「ラルフさま」
「やあ、邪魔してごめんね。止めたんだけど」
「もっとちゃんと止めといて。リュエットが困ってるから」
「離せラルフ。私は……私は兄としてこの男と決闘をせねばならん……」
「はいはい、いいから部屋に戻って予算案を練るんだ」
「予算よりも大事なものがあるだろう!! 立てヴィルレリク! たとえ我が剣折れようとも、カスタノシュから花を盗むなど言語道断」
「いいからいいから」
ラルフさまに引っ張られて、酔っぱらったようなことを言っているお兄さまがズルズルとサンルームから出ていく。しばらくしてから、侍女のネルが気遣わしげに扉を戻してくれた。
「ごめんなさい、兄が騒がしくて」
「いつも元気だよね」
「本当にすみません……外では一応普通にしているのですが」
ヴィルレリクさまやラルフさまの前では、お兄さまも家族でいるときと同じようによくわからないことを大袈裟に喋り始めたりする。ある意味心を許した相手だという証かもしれないけれど、2人はそんな形で示されても嬉しくはないだろう。
「……そ、それより、け、結婚って……」
言いながら恥ずかしくなってもじもじしてしまったけれど、いくらお兄さまが騒がしかったからといって流せない話題だ。ヴィルレリクさまはあっさり言っていたけれど、こんなに大事なことはない。
「するってさっき言ったね」
「言いましたけど、その、まだ早いのでは」
ついさっき気持ちを伝えて、ヴィルレリクさまの気持ちも聞いて両思いになったばかりだというのに、いきなり結婚なんて。嬉しいけど。すごく嬉しいけど。
学園でも、お家の関係で早くに嫁いでしまう同級生はいないこともないけれど、でもやっぱり私たちの学年ではそういう人は少ない。相手が決まっている人でも結婚は上級生になってからだったり、卒業したらと約束をしている人がほとんどだ。
「式を挙げるのはもっと後だろうけれど、リュエットが卒業してからとしてもカスタノシュ伯爵に許しを貰うのはちょうどいいくらいだと思うよ」
「そうなのですか?」
「うん。もう随分リュエットに会いに来てるし、恐らく伯爵もそろそろだと思ってるんじゃないかな」
「そうなのですか?!」
恋人になったら、男性が女性の父親に結婚の許しを貰いにいくというのは知っていたけれど、それは恋人としてもう少し関係が進んでからの話だと思っていた。
ヴィルレリクさまが不思議そうに私を見る。
「なんで驚いてるの?」
「だって、ヴィルレリクさま、いつも魔力画や勉強のお話をしに来てくれてて、その、こ、恋人になったのも今日のことだし」
「異性の家に通い詰めるなんて、結婚を視野に入れている相手にしかしないと思うけど……もしかしてリュエットは気付いてなかったの?」
ヴィルレリクさまが怪訝そうに言う。その目を見れなくて、私は顔が熱いまま視線を逸らした。
確かに、親しくない相手の家に何度も押しかけるなんて普通はしないけれど。
でもヴィルレリクさまは前から来ていたし。何度もお茶をしたし。でもでもそれは事件のことがあったり、事件の後で心配してくれたり、したからでは……なかったのだろうか、もしかして。
ヴィルレリクさまはそういうことだと知っていて、うちに通ってくれていたのだろうか。
もしかして、私、もしかして、ものすごく鈍かったのでは。
お兄さまでさえ勘付いたのであれば、お父さまやお母さまも既に知っているのでは。
そう思うとなんだかとっても落ち着かない気持ちになった。
「リュエット、顔が赤いけど」
「見ないでください……」
逃げ出したくなるほど恥ずかしかったけれど、ヴィルレリクさまに手を握られてしまったので、私は大人しく気持ちを落ち着けることに集中することにした。




