運命を決めるのは誰ですか?5
郊外にあるような小さな家、玄関ポーチの木の手すりに小鳥たちがみっちりとくっついて並んでいる。ふわふわに膨らんだ小鳥たちはそれぞれ羽をつくろったり、気持ちよさそうに眠ったり、小さな足で頭を掻いたりしている。どこからか飛んできた小鳥がそれに加わり、また喧嘩をして飛び去ったりして、見ているだけでホワホワした気持ちになるような絵だった。
かわいい。とても。
「すごく可愛いですね……この薄い黄色の子、うとうとして落ちそうで可愛いですし、その隣の子は羽をブルブルさせているところが可愛いですし、その隣は……」
「……」
「頬だけ青い鳥も可愛いです……あの、この小鳥たちは、本当にいる種類なのでしょうか?」
テーブルに置いた魔力画をじっと見る私、を、じっと見るヴィルレリクさま。
普段なら私の話に相槌を打ってくれたり、ちょっとした解説をしてくれたりするのに、この無言。
沈黙が痛い。
「……ラルフさまはあの、私の推、憧れというか、キラキラを眺めていたいといいますか……嬉しいといえば嬉しいのですけど、それはあの、すごい存在がうちに! みたいな、そういう感じで、あの、別にラルフさまはその……」
視線に負けて言い訳のようなものが私の口から出たけれど、恥ずかしくなってきた。お茶のおかわりでもお兄ちゃまアタックでもいいから空気を壊してくれる人がいないものかと考えていると、ヴィルレリクさまが急に私の手を握る。
「リュエットはなんでラルフのことが好きなの?」
「す、好きというか、そのそういう気持ちでなくて! 憧れといいますか!」
「なんで」
「……」
前世からの推しなので反射的に沸き立ってしまう、なんて流石に言えない。
とはいえ、ヴィルレリクさまに私がラルフさまが好きだと誤解してほしくはなかった。また仲を取り持とうとされてしまったら、今度こそ私は悲し過ぎて死ぬ。仲良くなるどころかもはや顔も合わせられなくなる。それも嫌だった。
大きく呼吸をして、それから口を開く。
「わ、私が好きなのはヴィルレリクさまなので……ラルフさまはただの憧れです……」
俯いたまま喋ると、思ってたよりも小さい声になってしまった。恥ずかしくてそのまま俯いているけれど、ヴィルレリクさまからは何の反応もない。いたたまれなくてそーっと顔を上げると、ヴィルレリクさまが私を見たまま固まっていた。
それを見て私も固まってしまう。
絵の中の小鳥たちだけが動く時間が2分ほど過ぎ去り、ヴィルレリクさまが私の手をギュッと握った。
「もっと大きい声で言って」
「えっ」
「もう一回、大きい声で言って」
2回言われた。
「無理です」
「なんで」
「恥ずかしいので……」
言葉にするとますます恥ずかしくなり、私は魔力画に視線を向ける。ヴィルレリクさまに握られている手が急に汗ばんできた。放してほしいけれど、しっかり握られていてどうにもできない。
「リュエット」
「無理です」
「こっち向いて」
「できません」
「リュエット」
なぜ私はヴィルレリクさまと同じソファに座ってしまったのだろう。いつもヴィルレリクさまが当然のように隣に座るので感覚が麻痺していたけれど、この距離はよろしくないのではないのだろうか。
手を握れる距離にいたヴィルレリクさまが、さらに近付いてくる。お隣とケンカをしている小鳥を必死に見つめているけれど、意識はヴィルレリクさまの体温が伝わってくる手や、移動した重みで傾いた体や、衣擦れの音に意識を持っていかれていて全く集中できなかった。
手が持ち上げられて、ヴィルレリクさまの方へとそっと引かれる。同時にヴィルレリクさまの手が私の背中に回った。視線が小鳥からヴィルレリクさまのジャケットに移る。並んで座っていたのが少し向かい合う姿勢になったけれど、それでもヴィルレリクさまの手は無理に抱き寄せることなく、そっと背中を撫でている。
「リュエット、もう一回言って」
耳元で小さく囁かれて肩が震える。
ヴィルレリクさまに名前を呼ばれると、魔術をかけられたように言いなりになってしまう気がした。しかもそれが嫌と思えないのが一番恐ろしいところだと思う。
「ヴィルレリクさまが好きです」
「もう一回」
「好きです」
「もう一回」
「……もう言いませんっ」
逃げようとすると、ヴィルレリクさまに抱きしめられた。ヴィルレリクさまの香りがして、腕の力を感じて、息の温かさが私の首をかすめる。
「リュエット、好き」
「……もう一回言ってください」
「リュエットが好き」
「もう一回」
自分が言わされたときにはなんて意地悪なことをと思ったのに、言われたらもっと聞きたいと思ってしまった。ヴィルレリクさまに抱きしめられて、耳元でそんな素敵なことを言われたら、もう他のことは考えられない。胸のあたりがフワフワと浮いているようで、手足が痺れたように温かかった。
「リュエットが好き。魔力画のことになると夢中になるところも好き。技法を考えてるときにちょっと唇を噛むところも好き。絵なのにあの子って呼ぶところも好き。友達思いのところも好き。剣を持ってても体当たりするところも好き。椅子を投げるところも」
「もういいです!!」
私が慌ててヴィルレリクさまの口を塞ぐと、琥珀色の目がぱちりと一度瞬いた。
もっと聞きたいと思ったけれど、いざいっぱい言われると恥ずかしすぎた。色んな意味で恥ずかしすぎた。ヴィルレリクさまの口に触れてしまったのも恥ずかしい。もう全部が恥ずかしい気がする。
そろそろと手を引っ込めて恥ずかしさに耐えていると、ヴィルレリクさまが顔を近付けてきた。鼻の先が触れ合う。
「リュエット」
「……ヴィルレリクさま、」
好きです。という言葉は、音にはならなかった。




