運命を決めるのは誰ですか?2
ヴィルレリクさまの手は大きくて温かい。
色素が薄いので手も見ていると貴族らしい上品な手に見えるけれど、握ってみるとゴツゴツしていて男性らしさを感じる。でも私の手を握る力は優しくて、その温かさに胸がむずむずする。
「リュエット」
名前を呼ばれて顔を上げると、ヴィルレリクさまがじっと私を見ていた。琥珀色の目が、部屋の明かりで少し濃く見えている。
どこか幻想的なその目が、今は何かを伝えたいかのように私の目を見つめていた。薄い唇がわずかに開き、息を吸う。
「あのね」
「リュエットォオオオオー!!!」
遠くで何か雄叫びが聞こえた。
「……」
「……」
「ティスランが来たね」
「すみません……」
バーンと乱暴に扉を開けた音と、キャストル家の家令が慌てている声が聞こえる。ひとの家で、しかもこんな夜に妹の名前を連呼するのはやめてほしい。
しばらくその音を聞いていたけれど、ヴィルレリクさまが小さく息を吐いてから私の手を離して立ち上がった。
「ちょっと相手してくる。もう遅いから、リュエットも寝たほうがいいよ」
「はい、そうします」
ヴィルレリクさまは私に手を差し出し、案内してくれる侍女のもとへとエスコートしてくれた。おやすみなさいと少し照れる挨拶を交わして、それから玄関の方へと向かうヴィルレリクさまを見送る。
「それではお嬢さま、ご案内いたします」
「ありがとう」
しずしず歩く侍女のあとをついていきながら、私はそっと手を握りしめた。
……お兄さま、あとで殴ってもいいかな。
部屋に戻っても眠気はすぐにはやってこなかったけれど、ベッドに入って柔らかな毛布に包まれているといつのまにか眠ってしまっていた。体はクタクタだったらしく、カーテンから漏れる光が随分と強くなってから目が覚める。慌てて起き上がると、タイミングを見計らった侍女が朝の準備を手伝ってくれた。
身体中が筋肉痛だ。動くたびに軋んでいるようで、不自然な動きにならないように気を付ける。
「……というわけだ。わかるかヴィルレリク。鉱石における魔素濃度と磁場の関係については様々な研究者が論文を残しており、歴史的にいえば正反対の説を信じていた時代もある。また貴族の思惑によって歪められたらしき資料が発表されたこともあり、現代の調査では……おはよう我が妹リュエットよ、起きたのか。相変わらずお寝坊さんだな」
案内されて食堂に顔を出すと、なんの演説かと思うほどうるさいお兄さまがいた。ヴィルレリクさまは表情を変えずにいたけれど、私を見て少しだけ目を細める。立ち上がったけれど、お兄さまが先に私の方へと近付いてきたのでヴィルレリクさまは動かずにその場で待っていた。
「今ちょうどヴィルレリクと我が国の鉱石について語り合っていたところだ。ヴィルレリクがどうしても聞きたいと言ったのでな」
「お兄さまが勝手に喋っていただけでは?」
「どうした、リュエットもお兄ちゃまのわかりやすく楽しい話を聞きたいのか?」
「いりません」
素っ気ない返事をしても気にしないお兄さまは、ではわかりやすいものから……とまた喋り始める。喉が乾いていないのか心配になるくらいだ。
私がテーブルにつくと、ヴィルレリクさまが目配せをして朝食の用意が始まった。
「ヴィルレリクさま、おはようございます」
「おはよう。眠れた?」
「はい、とても」
色鮮やかな温野菜に、卵料理。焼き立てのパンも美味しく、うちとは違うハーブの風味が美味しかった。ヴィルレリクさまのお母さまもやってきたけれど、食卓に満ちているのはお兄さまの話だけだった。ある種のBGMに感じられる話を聞きながら、美味しい食事を楽しむ。時々相槌を打ちながら食べ終わると、侯爵夫人は簡単に挨拶を述べて下がっていった。
「昨日の件について、黒き杖がまた事情聴取をすることになるけど」
「明日以降にしてくれるか。我が妹も流石に疲れているようだし、両親も心配している。また後日うちに来ればいい。ヴィルレリクが来いと言ってるわけではないぞ」
私を少し休ませたいと言ったお兄さまに、ヴィルレリクさまも頷いていた。
記憶が新鮮なうちに話した方がいいのではないかとも思ったけれど、確かにお兄さまの言った通り疲れを感じる。筋肉痛もあるし、事情聴取はあとにしてとりあえず帰ったら簡単に思い出しながらメモをしておこうと思った。
「リュエット。また会いに行ってもいい?」
「おい、貴様が来いと言ったわけではないと今言ったが」
ヴィルレリクさまの目が、少し心配そうに見えたのは気のせいだろうか。私はまっすぐにヴィルレリクさまを見て、それからしっかりと頷いた。
「はい。ぜひいらしてください。お待ちしています」
「うん」
「聞いているのか。リュエット、ヴィルレリク」
「リュエットが好きそうな絵を持っていく」
「本当ですか? 楽しみにしていますね」
「おい、無視をするな。お兄ちゃまは泣くぞ」
事情聴取という名目があってもヴィルレリクさまと会えるのは嬉しいし、事件が終わっても、ヴィルレリクさまとお話できたら嬉しい。ヴィルレリクさまもそう思ってくれているといいなと思いながら微笑みあっていると、お兄さまが最終的に洟をすすりはじめた。




