真実はここで見つけるしかないようです15
「ガレイド、中々やるじゃないか! 貴様もようやくお兄ちゃまとしての自覚が出てきたようだな!」
ハハハと晴れやかに笑いながら、お兄さまが手早くマドセリア伯爵夫人を縛り上げていく。やるも何もお兄さまがガレイドさまを引っ掴んで投げただけだけれど、お兄さまが考えるお兄ちゃまのラインとしては合格なようだ。
「お、お兄さま、大丈夫ですか?」
「無論。兄失格な人間に負けるほどお兄ちゃまは落ちぶれてはいない」
「そうでなくて、普段体を動かすことなんてないのに……」
学園に通っているからには剣術の授業もあるけれど、お兄さまは普段分厚い本を持ち出しては何かを呟きつつニヤニヤしているイメージがある。いきなり剣、というか斧を交え、その上大柄な人をひとり投げつけるなんて重労働である。その前にはなぜか教会の壁を壊して入ってきたし。
心配していると、お兄さまがハハハと笑った。
「実はなリュエット、先ほどから身体中の筋肉が悲鳴を上げている。特に腕、首、肩、胸、背中、腹、腰、脚が痛い」
「全部じゃないですか」
「だがまあ、これも勝利の痛みというものだろう。お兄ちゃまとしての格の違いを見せつけてやったのだ」
勝利の痛みってなんだろう。
お兄ちゃまとしての格も謎だけど、本人が満足気なのでそっとしておくことにした。
ガレイドさまとぶつかったせいで、ガレイドさま本人、そしてマドセリア伯爵夫人は気絶している。お兄さまはそれぞれをうつ伏せにすると足首を縛り、手も背中の方で縛り上げる。夫人の手は片手が火傷していたので、その傷に障らないよう気遣いながら縛っていた。
サイアンさまは意識を失っておらず、座ってその光景を眺め、それから自身もお兄さまによって捕縛された。落ちている剣を拾うことも、ヴィルレリクさまに危害を加えようとすることもなく、ただ諦めたように大人しくしている。
「見てくれリュエット。お兄ちゃまの腕はもう限界だ。ほら、プルプルしているぞ。労ってくれ」
「お兄さま、人を呼んできてください。また夫人が暴れたら困るし、伯爵もどこかにいるはずですから」
「リュエットが冷たい……」
わざとらしくいじけた仕草をするお兄さまをじっと見ていると、咳払いをしてからお兄さまは素直に立ち上がった。
「近くに乗ってきた馬車があるから、それを呼ぼう。黒の杖の人間も探しているはずだからな。あとリュエット、伯爵に関しては問題ない。私が来る途中で倒しておいたからな。斧で」
「お、斧で……?」
「安心するといい。峰打ちだ」
そもそもなぜ斧を持っているのだろうか。よく考えたらお兄さまも自分の剣を持っているはずなのに、なぜ斧。
謎を残しつつ、お兄さまは人を呼びに行ってくれた。よく見ると足もプルプルしていたのでちょっと気の毒だったけれど、なにぶん私は動くたびに背中が全開になりそうな恐怖と戦っているので許してほしい。
プルプルした背中を見送ってから、ヴィルレリクさまを見上げる。目が合ったヴィルレリクさまは、まだだよ、と静かに言った。炎は小さくなっているけれどまだ燃えていて、それが燃え尽きるまでは剣を手放すつもりはないようだった。
「リュエット嬢」
呼ばれて振り向くと、サイアンさまが私を見ている。
「一連のことについて、すまなかった」
腕を後ろ手に縛られ座ったまま、サイアンさまが私に対して頭を下げた。
私は返答に困る。謝らないでほしいと言うには、今回のことは大き過ぎる。かといって、サイアンさま自身を非難するほど恨んでいるわけでもない。
「謝って許される立場でもないと思うよ」
ヴィルレリクさまの声でサイアンさまが顔を上げる。
「勿論、許してほしいとは言わない。ただ、申し訳ない。あなたの命まで奪ってしまうところだった」
「……サイアンさまは、どうしてブローチを渡してくださったのですか?」
「身勝手な話だろうが、あなたを傷付けるつもりはなかった。ことが上手くいけば、反対されようがあなたはカスタノシュ家に帰すつもりだった。だがあなたはヴィルレリクと近付き、母がそれを知った」
「マドセリア伯爵夫人は、ヴィルレリクさまのことを恨んでらっしゃるようでした」
サイアンさまは頷き、それからヴィルレリクさまを見る。ヴィルレリクさまは黙ってそれを見返しているだけだった。サイアンさまは再び話を続ける。
「我がマドセリア家の先代、つまり母の父親は、キャストル家との確執で死んだ。母はずっとそれを恨んでいた」
「それは……」
「聖画の蒐集を始めたのも先代だ。母はその遺志を受け継ぎ、キャストルと王家に復讐することだけを考えてここまできた」
10年以上前に起きた、魔力画が燃やされ聖画が盗まれる事件の当事者になるには、長男であるガレイドさまでさえ幼過ぎる。先代のマドセリア伯爵、またはその遺志を受け継いだ現マドセリア伯爵夫人の指示によって起きたことなのだろう。
マドセリア伯爵夫人は親から受け継いだ執念を燃やし続け、そして自らの子供へも受け継がせようとした。そんな環境で子供が暮らせば、ガレイドさまのように自らを見失ってしまっても不思議ではない。
けれど、サイアンさまは私にあのブローチを渡した。命を守る魔術がかかったブローチを。
「あなたがたの罪については黒き杖が裁くべきものですから、私から言えることは何もありません。ただ、私の身を気遣ってくださったことについてはお礼をいいます」
ヴィルレリクさまの上着を持ちながら姿勢を正し、私はサイアンさまに頭を下げた。
「ありがとうございました、サイアンさま。ミュエルを助けてくれたことも、私を斬らないでいてくれたことも」
「礼を言われることではない。今更何をと言うかもしれないが、取り返しのつかないことにならなくてよかった。……あなたが無事でいてくれてよかった」
サイアンさまは深い疲れを隠さずにいたけれど、それでも表情はどこか明るかった。鋭く恐ろしく見えていた焦げ茶の目も、今は柔らかく細められている。
正義感とマドセリア家としての責任に板挟みになっていたのかもしれない。肩の荷が降りたように表情を緩めたサイアンさまは、まだ学園に通う若い生徒らしい雰囲気に変わっていた。
私もほっと息を吐く。その瞬間にがしゃんと激しい音が鳴ってびくっと肩が跳ねてしまった。音の方を見ると、ヴィルレリクさまの脚が聖画を踏み壊している。かろうじて形を残していた聖画たちは、その一撃で粉々の灰に変わってしまっていた。
「終わったよ」
その琥珀色の目がやっぱり謎のラスボスめいて見えたのは、ヴィルレリクさまが消えかけた炎を踏み締めていたからだろうか。




