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真実はここで見つけるしかないようです13

 サイアンさまに死んでほしくない。


 ただその思いだけで動いていた。

 マドセリア家の陰謀も、聖画も魔術も関係ない。ただ、誰かが死ぬところを見たくなかった。 

 足がよろめく。サイアンさまの焦げ茶色の目がずっとこちらを見ている。何かを蹴飛ばした感覚がする。ぶつ、と何かがちぎれる音が聞こえる。剣が蝋燭の明かりで光る。私の手がサイアンさまへ伸ばされる。


「サイアンさま!!」


 剣が床に落ち、何度か音がした。崩れ落ちるサイアンさまの首を手で押さえる。ぬるりと滑る感覚がして、私はもっと力を込めた。

 サイアンさまの目は、じっと私を見ていた。一粒の涙が、サイアンさまの頬を辿って落ちていく。


「リュエット嬢」

「サイアンさま、死なないでください!」


 自らの命を犠牲にしてまで何かを叶えるなんて悲しすぎる。

 とにかく出血を止めなければ。医師が来るまでサイアンさまの命を繋ぐしかない。どれくらい時間がかかるのか、どれだけ助かる確率があるのかわからない。けれど、絶対にサイアンさまを死なせたくない。


「リュエット」


 背後からヴィルレリクさまの声が聞こえた。私の肩に手を置き、サイアンさまを覗き込んでいる。


「ヴィルレリクさま、人を呼んでください。サイアンさまが死んじゃう」

「死なないよ。傷が消えてる」


 ほら、とヴィルレリクさまは私の腕を掴んだ。サイアンさまの首を圧迫している手を引き剥がすように持ち上げる。

 傷口を抑え、ぬるりとした液体を確かに感じたはずの手には、何も付いていない。


「……どうして?」


 サイアンさまの首元にも、血も傷口も見当たらなかった。もう一度そこを触れてみても、何もない。傷のない皮膚があるだけだった。その下には力強く脈を打つのも感じられる。傷口は、魔法のように消えてしまっていた。床にくずおれたサイアンさまも、その違和感に気が付いたようだ。

 どういうことかわからないけれど、理解する前に身体中の力と息が抜けていく。


「よかった……」

「あと、リュエット、後ろが」

「後ろ?」


 安堵から座り込んだ私は、ヴィルレリクさまに言われて自分の背後に意識を向けた。振り向くとヴィルレリクさまがいるだけだ。何があるのだろうかと疑問に思った瞬間、背中に奇妙な解放感を感じる。


 待って。

 ドレスの後ろがほどけてる。


 サッと血の気が引く感覚がして、私は素早く背後に手をやった。

 腰からそっと辿ると、背後で細かく編み上げた紐が途中で切れている。そこを中心に紐がわずかに解けている感覚がする。固く編み上げられているはずのそこは、身動きするとすっと紐が抜けて緩む感覚がした。


 ドレスの後ろを編み上げる紐は、幾つもの種類を組み上げていく頑丈な紐なのに。今までドレスを着ていて、一度もこんなことなかったのに。

 なんで今?!


「——!!」

「これ着てて」


 ヴィルレリクさまが自らの上着を言葉にならない思いでいっぱいな私に掛ける。それから私を追い越して落ちている剣を拾い、離れたところへと放り投げる。その剣にも血が付いた様子がなかった。

 カランと落ちた音を確かめてから、ヴィルレリクさまはサイアンさまを冷たく見下ろす。


「サイアン、助けられて良かったね」

「……何故、」

「リュエットにお礼言えば」


 素っ気なく声を掛けたヴィルレリクさまは、サイアンさまから視線を祭壇へと移した。

 それからおもむろに脚を上げる。祭壇の角に足の裏を掛け、そしてそのまま祭壇を蹴り倒してしまう。重厚な木でできたそれは、大きな音を立てて倒れた。向こう側でガレイドさまと戦っているお兄さまが見える。どういう状況なのか2人はもはや斧と剣を捨て、お兄さまがガレイドさまの背後に回り込んで腕で首を締め上げていた。


 裏側を上にして倒れた祭壇は、その中に並べられた聖画が見えている。

 ヴィルレリクさまがそれを見下ろし、それから指を使って額を引っ掛けるように取り出しはじめた。

 取り出された絵は、聖画というに相応しい荘厳な美しさがあった。朝靄にけぶる麦畑、星のままたく夜の山々、戴冠する王。さまざまな絵はどれも溜息も出ないほど繊細で、そして細やかに動いている。魔力画というより、実在する美しい景色をそのまま額に嵌め込んだように感じた。

 ヴィルレリクさまは次々と取り出したその聖画たちを、乱暴に重ねるように置いていく。


「ヴィルレリクさま、何をしているのですか?」

「リュエット、少しそっちに寄ってて」


 声を掛けると、ヴィルレリクさまは足でぞんざいに重ねられた聖画を私から遠ざけた。

 全ての聖画を重ね終わると、ヴィルレリクさまは持っていた剣で自分の指を切る。


「ヴィルレリクさま!!」

「大丈夫。たぶん」

「たぶん?」


 傷の付いた指で、ヴィルレリクさまは剣に何かを書いている。片側を書き終わると、剣を裏返してまた繰り返す。剣の表面には、文字のような絵のような文様が赤く綴られていた。


「まさか、魔術を発動させてしまうのですか?」

「逆だよ」


 サイアンさまが起き上がろうとして呻く。首に手を当てているのは、傷は消えたけれどまだ痛みが残っているからかもしれない。その背を支えながらヴィルレリクさまを見上げる。

 文様を綴り終わったヴィルレリクさまは両手で柄を上にして握り、それからちょっと私を見た。


「できれば怒らないでね」

「え、まさか」


 次の瞬間、ヴィルレリクさまが剣をまっすぐに落とし、重ねた聖画に突き立てる。

 サイアンさまの息を呑む音と私の悲鳴、そしていつのまにか起きていたらしいマドセリア伯爵夫人の悲鳴が重なった。


 聖画を貫いた剣が、わずかに光を帯びる。文様がほんのりとオレンジがかった光となり、それが剣を滑り降りて聖画に吸い込まれていく。パチッ、と小さな音がしたのと同時に、聖画は燃え上がり始めた。






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