真実はここで見つけるしかないようです10
頬を何かが掠めた感触と共に、飛びかかってきたマドセリア伯爵夫人と床に転がる。その拍子に、小さくパキッと何かが割れた音がした。夫人と揉み合っている最中に、その音が何なのか気が付く。
魔力画が壊れた音だ。
お尻から転んだため魔力画を入れているポケットは下敷きになっていないので、おそらく夫人の攻撃を受けたときに身代わりとして壊れてしまったのだろう。
「殺してやる!」
「大事な魔力画なのにー!!!」
鬼気迫る様子の夫人に対する恐怖も消えて、私は猛烈に反撃した。スカートを蹴り上げて夫人の体を押しやり、勢いで起き上がって武器を持つ手を踏みつける。夫人の体に座り込むようにして反対側も押さえつけた。
「せっかくヴィルレリクさまに頂いた可愛い魔力画を!! もう壊さないようにしようと思ってたのに!! あなたのつまらない企みのせいで何枚ダメにしたと思ってるの?!」
「小娘ごときが……!!」
「魔力画を大事にできない人間に、魔力画を集める権利はないの!! わかる?!」
胸ぐらを掴んでグラグラと問い詰めてみるけれど、夫人に答える気はないようだ。
自分の身代わりに壊れていく魔力画の、なんと健気でそして哀れなことか。小さく愛らしく、動く絵がどれだけ魅力的なのか。それを壊してしまうことの辛さ。
目的のために自ら魔力画を燃やすような人間にはわからないかもしれないけれど、私は全身全霊で夫人に訴えた。
「リュエット、魔力画が好きなのはわかったから、先に縛った方がいいと思う」
ヴィルレリクさまの声が飛んできて、私はハッと我に返った。ヴィルレリクさまとガレイドさまはまだ対峙していて、私の下にいるマドセリア伯爵夫人は鼻息荒く睨みつけているものの抵抗はしていない。
とはいえ、縛るために縄を取りに行けばその隙に起き上がるだろう。どうしよう、と迷いながら、とりあえず祭壇の掛布でマドセリア伯爵夫人の顔をグルグル巻きにした。領地にいる家畜を見せてもらいに行ったときに、動物は視界が暗くなると大人しくなると聞いたことを思い出したからだ。人間も動物の一種だし、効果があるかもしれないと思ったけれど、夫人はまだ抵抗するように私の下から抜け出そうとしている。
「……リュエット、何してるの?」
「とりあえず、視界を奪おうかと」
激しく剣を交わしながら、ヴィルレリクさまがいつも通りの声を出している。さっきから真剣に戦っているように見えるけれど、どうやってこちらが見えているのだろうか。追い詰められた様子ではないので脇見をする余裕があるのかもしれないけれど、剣術は体力を消耗するのでこれからどうなるかはわからない。
いざというときに加勢できるようにしたいけれど、そのためには夫人を縛る必要がある。
走って縄を取りに行こうかと思っていると、教会の扉が開いた。
「サイアンさま」
「……リュエット嬢? なぜここに」
私の声に反応したサイアンさまは、それからヴィルレリクさまを睨み、自らの剣を抜く。
「やめて!!」
「大人しくすれば殺しはしない。剣を捨てろ」
サイアンさまは、学園でも剣術を習っている。ガレイドさまと共に攻撃をすれば、ヴィルレリクさまは負けてしまうだろう。
「サイアンさま、やめてください。……でなければ、あなたのお母さまの命を奪います!」
剣を構えていたサイアンさまがこちらを向く。ガレイドさまもチラリとこちらに視線をよこしたのが見えた。
私は転がっていた蝋燭を手に取った。
「動かないでください。でなければ、聖画も燃やします」
「リュエット嬢、やめろ。聖画はただの火では燃えることはない」
「絶対にそうだと言い切れますか? この教会ごと燃やしてしまえば、少なくとも火が消えるまで聖画には近寄れなくなります。それに煙で気付いた誰かが助けに来てくれるでしょう。あなたがたの計画はおしまいになります」
私の言葉に反応したのは、ガレイドさまだった。貴様も反逆者か、と虚ろな声を出し、こちらへ向かってこようとする。ヴィルレリクさまの剣がそれを阻み、距離を近付けさせまいと攻勢に打って出る。サイアンさまはその横を通り抜け、私の近くまでやってきた。
「やめろ。あなたに怪我を負わせたくない」
「私はやめません。サイアンさま、どうか剣を収めてください。計画を中止して、罪を償ってください。今ならまだ引き返せます」
「無理だ。もう引き返せない」
焦げ茶色の目が一瞬悲しそうに伏せられた。けれどサイアンさまの剣は私の方に向けられたままでいる。
「サイアンさま、あなたの血を使って魔術を発動させる気だったのですか? 自分が命を落とすとわかっているのですか?」
「……」
「どうか考え直してください。この国に破滅をもたらすことが、自分が死んでまで叶えたいことなのですか?」
「……マドセリア家を正当な地位に導く必要がある」
「魔力画を燃やし、聖画を盗み、人間の命と引き換えに行うことが、正当な地位に結びつくのですか?」
サイアンさまは口を閉じ、私を見つめている。
自らの命を差し出す覚悟をするには、サイアンさまは正気すぎる気がした。虚ろな目で盲目的に信じることもなく、欲望のために我を失うこともなく、ただ自分の意思で行動をしている。ならば、サイアンさまに踏みとどまってもらえるかもしれない。
「お願いします、サイアンさま。あなた自身のためにも、どうか剣を収めてください」
「……できない」
「サイアンさま」
「すまない、リュエット嬢」
サイアンさまが剣を構える。私が夫人の喉元にあてがっているのは燭台で、素早く斬りかかられれば攻撃する暇もない。火を付けようにも火種がない。
ヴィルレリクさまの声が聞こえる。
こげ茶の目と見つめ合っていると、不意にサイアンさまの背後、教会の側面の壁が勢いよく壊れた。
怒号と共に誰かが転がりながら入ってくる。
「リュエットォオオオオ!!!」
そこには血走った目で斧を持ったお兄さまがいた。




