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真実はここで見つけるしかないようです6

 ころころと転がってきた丸い粒が、四角く空いた穴の前までやってくる。止まりそうだったそれは、石畳のふちから落ちて再び勢いをつけ、私の方へと転がってきた。受け止めたそれには細い穴が空いている。

 この辺りでは珍しい真珠。今渡したばかりのネックレスのものだった。千切れてしまったのか、いくつも転がっている。


「ヴィルレリクさま?」


 先程まで聞こえていた声が聞こえない。小さな穴に手を掛けて覗いてみても、覗き返してくれる目も、伸ばしてくれる手も見当たらない。

 うんと背伸びをして、顔を押し付けるようにして外を覗く。


 ヴィルレリクさまの白い髪が見えた。声を掛けようとして、私は怯む。

 頭から緩やかに流れ石畳に少しかかるその髪は、少しも動く気配がない。かろうじて見える後頭部が、倒れ伏したままでいるからだ。近くにいくつも真珠の粒が落ちていて、まるでヴィルレリクさまの髪も同じ真珠でできているかのように静かに止まっている。


「……こんなところに穴があるとは」


 低い声が聞こえてきて、私は思わず穴から離れた。


「キャストルの人間を捕まえることができたとは、なんという幸運。リュエット嬢、ご協力感謝しよう」

「マドセリア伯爵」

「これには積年の恨みがあるからな。妻もさぞ喜ぶだろう」


 誰かに声を掛ける伯爵の声が聞こえ、足音が駆け寄ってくる。引きずる音と共にヴィルレリクさまの髪が見えなくなってしまい、私は思わず手を伸ばした。その手首を生温く大きな手が掴む。


「ヴィルレリクさま!」

「心配するな、あとでいくらでも会う機会はある。死ねば同じところへ行くだろう」


 伯爵の優しさを装った声が聞こえ、そして怖気が走る笑い声に変わった。掴まれている手を引っ張って振り解く。


「ヴィルレリクさま! ヴィルレリクさま!」


 穴の向こうへ叫んでも、帰ってくるのは嘲笑う声だけだった。




 手の震えを抑えるように力を込めながら、うろうろと狭い鉄格子の中で歩き回る。じっとしていると叫び出したくなるような不安でいっぱいだった。

 ヴィルレリクさまは、ネックレスを着けてくれた。でもその直後に、マドセリア伯爵によって襲われてしまった。


 ネックレスには何の意味もなかったのだろうか。ただのアクセサリーで、私が変なことをお願いしなければ、ヴィルレリクさまは近付く伯爵に気付けたのではないのだろうか。

 強く攻撃されたのなら、持っていた魔力画の魔術がすべて発動しても庇いきれなかったのかもしれない。渡してくれた魔力画を断ってヴィルレリクさまが持っていれば、彼は無事だったのではないだろうか。


 胸の中央に冷たい石の塊が押し込まれたように、圧迫されているような感じがして呼吸がしにくい。

 ヴィルレリクさまが助けに来なければ、私がここに来なければ、ミュエルに情報収集を頼まなければ。

 振り払おうとしても悪い考えがどんどん浮かび、歩き回っても深呼吸をしても震えが止まらない。


 時折鉄格子を握っては、扉部分が開かないか、どこか通れるところはないか確かめる。

 錆び付いてざらざらしている割には、鉄格子は頑丈で私の力では動きそうにもなかった。


「ヴィルレリクさま……」


 とにかく無事で、そう願うしかない身が歯痒い。どうか魔力画に守られていますように。連れて行かれた先でひどい扱いをされませんように。

 奇跡でもアイテムでもなんでもいいから、ヴィルレリクさまを助けてほしい。そう願い

続けていると、硬く響く靴音が聞こえてきた。鉄格子の向こう側にある廊下を歩く音がする。やがてそれは私がいる鉄格子の前で止まった。


「出ろ」


 そう声を掛けてきたのは、見たことがない男性だった。

 背が高く、しかし痩せている。エメラルド色の髪は肩のあたりで揃えられている。貴族の正装を身に纏い、肩にはマントも掛けられていた。その豪奢な装いとは反して、男性本人は顔色が悪く頬も痩けて貧相な印象を受ける。造形としては整っているはずなのに、口はわずかに開けられたままで、何より落ち窪んだ薄茶色の目がどんよりと虚空を眺めているように濁っているのが不気味に感じた。


「出ろ」


 同じく虚ろな言葉をもう一度投げかけた男性は、鍵束を持って鉄格子を開ける。壁際に寄って警戒する私の方へ歩いてくると、逃げようとする私を抑え、背中側にまわさせた腕を縄で縛り付けた。

 見た目の印象よりも動きが機敏だ。魔力画のおかげか腕の痛みはさほど感じないけれど、縛られたせいで全く動かせず、引っ張られるとバランスを崩して歩かせられてしまう。


「う……、」

「大人しくしろ、不敬であるぞ」


 引き立てて歩かせる乱暴な手付きとは反対に、男性の口から出る言葉はやはり虚ろだった。

 等間隔に設置された灯りの中を歩き、階段を上るように押される。

 地上へと出ると、私は後ろを振り返って男性を見た。


「……あなたはどなたですか」

「我は正統なる血筋を受け継ぐ王ガレイドである。歴史を正し、マドセリア王朝を開く始祖となる第一の王である」


 温度のない声で紡がれる言葉に背筋を寒くしながら、私は改めて男性を見る。

 ガレイド。

 ガレイド・マドセリア。

 マドセリア伯爵家の長男である。






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