真実はここで見つけるしかないようです4
鉄格子の中はかび臭く、地下のひんやりとした空気が肌にまとわりつくようだった。人がいなくなると、暗闇の中から何かが現れるのではないかと怖い想像が浮かんでくる。
ミュエルがアドバイスをくれなかったら、その恐ろしさで私は隅に固まってしまっていたかもしれない。
そっと靴を脱いでベッドの上に乗る。ひんやりとした手触りのレンガを、確かめるように少しずつ押していった。
ミュエルがわざわざベッドを話題に出したということは、ここから手の届く範囲に取れるレンガがあるのだろう。
ベッドに乗った状態で胸の高さにくる位置から始めて、角の方から手の届く範囲まで一列ずつレンガを確かめていく。古く朽ちかけたベッドは軋むし、鉄格子の向こうから届く明かりしかない中でやるのは大変だったけれど、ミュエルのことを思うと勇気が出た。
きっと彼女は閉じ込められても挫けず、なんとか出られないかとこの場所を調べまくったのだろう。どんなときでも自分を見失わないでいられるミュエルの強さを思うと、自分も怯えてばかりではいたくないと思える。
不安はある。
ティルヌートの聖画と呼ばれている魔力画がどんなものか、我が家に保管されているのがどこにあるのか、私は知らない。なのに知っていると嘘を吐いた。マドセリア伯爵夫人のあの様子からすると、それが嘘だとばれたらきっとただではすまないだろう。そして、時間が経てばそうなる可能性は高くなる。
現在地もわからず、味方となってくれそうな人はいない。危害を加えられたら魔力画が守ってくれるだろうけれど、それ以外に身を守る方法は今のところ思いつかない。
でも、サイアンさまに付いてきたことでミュエルの無事を確かめられた。聖画の情報のために、サイアンさまはきっとミュエルを無事に帰してくれるだろう。
敵地に単身で付いていくだなんて無謀だけれど、私なりにできるだけの準備はしてきた。
ネックレスもドレスも、前世の私が課金したアイテムだ。
この世界でも効果があるのかは確信できていないし、こんな展開は乙女ゲームにはなかった。だけど、偶然にしては記憶そっくりのドレスが、何かを起こしてくれるかもしれない。
もし、この私の中にある前世の記憶というものに何か意味があるのなら。
乙女ゲームという知識を、学園に入学した時点で思い出したことに意味があるのなら。
それはきっと、この事件のためにあるのではないか、と思ったのだ。
それは単なる私の思い違いで、ただの願望かもしれない。
本当は乙女ゲームや前世なんて実在しなくて、私が作り上げてしまった妄想なのかもしれない。この世界とは違うどこかの世界があって、そこで生きた記憶があると何かのせいで信じ込んでしまっているだけなのかもしれない。
でも、この事件で何かを変えることができるなら、犯人を止めるために何かできるのなら、妄想だったとしても信じて行動する意味があるのではないだろうか。
「あ……」
目線よりも少し上にある段のレンガを確かめていたとき、ひとつだけ他のレンガよりもこちら側に出ているものがあった。レンガの右端を押すと、レンガは斜めになって右側だけが奥へと押される。そこから風が入り手に吹き当たった。
日陰になっているのか日が傾いてきたのか、眩しいほどではないけれど、ほんのりと光が差し込んでくる。鉄格子の方を見て誰もきていないか確かめてから、背伸びをしてそこから外を覗いた。
この地下部分は上部が少しだけ地上に出ている造りになっているようで、動いたレンガがちょうど地面と同じ高さだった。
石畳から雑草が生えているのが見え、その間から離れた場所にある小さな井戸や、この屋敷を囲む木々が見える。屋敷の正面ではなく、側面か裏側に位置しているようだ。
マドセリア家の人々にあとでバレてしまわないように、レンガを動かして手前側に抜き取っておく。広がった視界でできるだけ外の様子を窺ってから、私は空いた穴に手を入れてみた。
雑草のくすぐったさと、ざらざらした石畳の感覚。近くには小石くらいしか落ちていないようだ。周囲のレンガも固められていて、容易に動かせそうにない。高い場所なので、腕を伸ばせる範囲も限られていた。
何か、武器になるようなものでも拾えないかと、腕を思いっきり伸ばしてぺたぺたと周囲を探っていると、不意にその手が掴まれた。
バレた。
そう思って咄嗟に引き抜こうとするけれど、私の手を両手で掴んだ人はそれを許さなかった。
乱暴に引かれたり、危害を加えられたらどうしよう。マドセリア伯爵夫妻に知らされて場所を移されたらどうしよう。固まって考えていると、レンガの隙間から声が聞こえる。
「リュエット」
「……ヴィルレリクさま?」
「うん」
温かい手が、安心させるようにぎゅっと私の手を握る。
「助けに来たよ、リュエット」
どうやってこんなに早く。ミュエルは無事に帰ったのだろうか。誰かに見つかって捕まりはしないか。家ではお兄さまが心配しているのではないか。犯人がマドセリア家だと伝えなければ。
色々なことが頭を駆け巡っているのに、私の喉は震えて「はい」と頷くのが精一杯だった。
ヴィルレリクさまが助けに来てくれた。
見つけてくれた。
こんな奇跡が起こるのなら、私が信じているものにも意味があるかもしれない。
ヴィルレリクさまの手を握りながら、私は大きな希望が胸を暖かくするのを感じた。




