真実はここで見つけるしかないようです3
「本当に礼儀のなっていない子なのねぇ。我が家に相応しくないわ」
不快そうに唇を歪めながら、マドセリア伯爵夫人が私を嘲る。
「己の立場をおわかりかしら? もしティルヌートの聖画が手に入らなければ、あなたもあの娘も酷い目に遭うのよ」
「ミュエルや私に危害を加えたら、魔力画は一生手に入りません」
「自ら囚われにきた分際で何を言うのやら」
ティルヌートの聖画というのが、どうやら狙われている魔力画のことらしい。夫人は私に対してかなり見下した印象を持っているようだ。私が自らこうしてやってきたからなのか、それとも今までにそう思われることがあったのかはわからないけれど、私に対して何の警戒心も抱いていなさそうなのは、私にとって有利に働くかもしれない。
「私がどうして魔力画について調べ始めたのかご存知ですか?」
「……」
「我が家にあるあの聖画を偶然見つけ、それがどういうものなのか調べていたのです」
夫人の眉が顰められる。話を促すかのように、細く尖った顎が動いた。
「あれが他人の手に渡るよりは、破壊してしまった方がいいと思いました」
「……お前、だからキャストルのあの男に近付いたのね?」
ヴィルレリクさまの家名が出てきて内心驚いたものの平静を装い、怒りを滲ませた夫人に対しては頷くだけに留めた。
「聖画は今、ある場所に隠しています。誰に探らせても場所はわからないでしょう」
「それが本当なら、私たちはお前を拷問するだけで済むのね」
「ミュエルを解放し、私に危害を加えないのであれば場所をお教えします。もしそれが破られたなら、絶対に教えません」
ほほほ、と甲高い声で夫人が私を嗤った。
拷問、という言葉を使うくらいだから、場合によっては私に危害を加えることも考えていたのだろう。もしかしたら、ミュエルも利用しようと思っていたのかもしれない。
「私は真剣です、マドセリア伯爵夫人。もしミュエルがすぐに解放されなければ、ヴィルレリクさまのほうが先に聖画に辿り着いてしまうでしょう」
怒りをはっきりと顔に浮かべたマドセリア伯爵夫人が、つかつかと近付いてくる。手を振りかぶったかと思うと、身構える暇もなく閉じた扇子で私をぶった。衝撃で転がった私を、サイアンさまが名を呼んで庇う。
「母上!」
「お黙りっ!! 我がマドセリアの正統なる権威を奪う、この盗っ人が!!」
「危害を加えては聖画が手に入りません! リュエット嬢は地下へ案内します。父上、鍵を」
豊かな髪を振り乱し、小刻みに震えながら噛み締めた歯を剥き出して怒る夫人は、恐ろしい信念を抱いた眼差しをしていた。視線だけで貫くようなその目だけが、私に釘付けられてしっかりと動かない。
サイアンさまはそれを強引に引き剥がすように私を立たせ、マドセリア伯爵から鍵を受け取って歩き出す。引っ張られるようにして歩きながら振り返ると、夫人がじっと私の方を睨んでいた。
部屋をいくつか通り、使用人が使うような小部屋へ入る。そこへは地下に通じる階段があり、所々に灯りがあるので真っ暗ではない。レンガを積み上げて作られた通路は狭く、冷たい空気だけが流れている。どこからか聞こえる水の滴る音と、私たちの靴音だけがその中で響いていた。
「……怪我は」
サイアンさまに言われて、私はハッとぶたれた頬を手で覆った。
「それほど痛くはありません」
「母の行いを謝罪する。あなたの身のためにも、あのせいで間違った考えを起こさぬようにしてほしい」
覆った頬も倒れた体も、全く痛みを感じていない。恐らくは身に付けている魔力画が身代わりになってくれたからだろう。けれど、それを正直にサイアンさまに打ち明けるつもりは私にはなかった。
「ここは?」
「ミュエル嬢がいる」
「ミュエルが? 彼女は無事なのですか?」
「危害は加えていない」
そうサイアンさまが言ったとき、リュエット、と呼ぶ声がちょうど聞こえてきた。
「ミュエル!」
「リュエット、あなたなの?!」
「私よ、ミュエル、大丈夫?」
サイアンさまを追い越す勢いで進むと、やがて鉄格子にしがみついたミュエルがいた。サイアンさまから離れて手を伸ばし、鉄格子を挟んでミュエルと抱き合う。
ミュエルの指先は少し冷えていたものの、腕の力は強く、顔色もさほど悪くない。怪我をしているところもないようだった。服装や髪が少し汚れていた。頬の汚れをそっと拭って、髪を下まで確かめる。一箇所だけ、他よりも短くなっているところがあった。
「ミュエル……本当にごめんなさい」
「リュエットが謝ることじゃないでしょ! 私の方こそ、ごめんなさい。上手く探っていたつもりだったんだけど」
ミュエルはお茶会に顔を出し、様々な人に話を聞いていたらしい。ある人から「憚る話なので裏庭で」と言われ、そこへ向かう途中で気を失ったらしい。
「私が事情を探ってたから目障りに思った犯人に捕まっただけで、リュエットには何の責任もないからね」
「ミュエル」
「リュエットこそ、私を助けようと思って来たんでしょう? 巻き込んでしまってごめんなさい」
「ううん、そんなふうに思わないで」
とにかく無事でよかった、とミュエルも私も言うしかなかった。ひとしきりお互いの様子を確かめ合ってから、ミュエルがサイアンさまを睨む。
「あら、人を罠に嵌めて少しも罪悪感のないマドセリアの次男さまじゃない。とうとうリュエットまで陥れてこんなところに連れてきて、楽しかったかしら?」
「ミュエル」
「……リュエット嬢、彼女を解放する代わりに、あなたから情報を聞く必要がある」
サイアンさまはミュエルの挑発めいた言葉に返事をせずに私を見た。
感情の読めないその目を、私はまっすぐに見つめ返す。
「ミュエルが確実にロデリア家に帰ったと確信が持てたなら、そうします」
「リュエット、あなたここに残る気なの?」
「大丈夫」
「どこも大丈夫じゃないじゃない! この牢、寒いし暗いし居心地最悪よ!」
ミュエルが変な点で怒っている様子を見ていると、少しだけおかしくて笑ってしまった。何か言い募ろうとしていたミュエルは、口を閉じて大きく息を吐く。
「私がここで文句を言っても、リュエットは気持ちを変えそうにないわね」
「そうなの。ミュエル、無事に家に着いたら言伝をして」
ピンクの唇をへの字にしたミュエルは、黙って頷いてからサイアンさまに「開けてちょうだい」と不機嫌に言う。サイアンさまが鉄格子の扉を開けると、堂々とした態度で出てきてからサイアンさまを睨むように見上げた。
「まさかリュエットまでこんな地下に閉じ込めるつもりじゃないでしょうね」
「あなたが安全だという保証がなければ、リュエット嬢は聖画のありかを喋らないと言っている。逃げられても困るからここへいてもらうことになる」
「じゃあここに入れて! ここは少なくとも虫やオバケがいないことは私が実証済みですから!」
ミュエルがぐっと私の腕を引っ張り、彼女が今出たばかりの鉄格子の内側へと私を入れる。それからもう一度ぎゅーっと私を抱きしめた。
私も抱き締め返すと、ミュエルがそっと私の耳に囁く。
「奥の壁、取れるレンガがある。外を覗けるわ」
サイアンさまに気付かれないようにそれだけ伝えたミュエルが、パッと体を離して私から離れた。
「リュエット、何もなくて退屈だけれど、ベッドに乗って遊んだりしちゃダメよ!」
「ミュエル、気を付けて」
「あなたも」
サイアンさまが鍵を閉め、ミュエルを連れて来た道を戻る。
一度振り返ったミュエルに、私は鉄格子の間から手を振った。




