悪意はいつどこにあるのかわかりません22
お兄さまがお母さまに事情説明するために少し退席した他には、私とヴィルレリクさまとお兄さまは一緒にお茶をしていた。
ヴィルレリクさまに見せてもらった魔力画の魚が14匹だと数え終えた頃に、サイアンさまがやってきたとの知らせが入った。案内するようにとお兄さまが伝え、まもなくサンルームにサイアンさまがやってくる。
硬い表情をしていたサイアンさまは、お兄さまとヴィルレリクさまを見てさらに顔を強張らせたものの、私の方へとまっすぐに近付いてきた。礼儀として立ち上がり、頭を下げる。
「リュエット嬢」
「サイアンさま、カスタノシュ家へようこそ。何かご用事があると聞きました」
「そのことについて、2人で話せないか」
「失礼、それは不可能だと伝えたはずですが、人に聞かれてはまずいことですか?」
サイアンさまと私の間に立ちはだかるようにお兄さまが立つと、少し眉を顰めたサイアンさまがその顔を見ている。ふと手に温かみを感じて隣を見ると、ヴィルレリクさまが私に下がるように目で促した。それに頷いて数歩下がると、気付いたサイアンさまの濃い目が私を見た。
「他の人間に告げるつもりはない。聞かなければおそらく、リュエット嬢は後悔することになるだろうが、それでも構わないというのなら追い払えばいい」
「なるほど上等ですねではお帰りいた」
「お兄さま! サイアンさま、どういう意味ですか? なぜ後悔することになるのですか?」
ぞんざいな態度をとるお兄さまを制して訊ねても、サイアンさまは黙って私を見ているだけだった。
サイアンさまは被害があったマドセリア家の次男だけれど、ヴィルレリクさまやお兄さまは犯人ではないと言い切れないと言っていた。
私に何か危害を加えるための嘘だろうか? 誘き寄せてお父さまを脅し魔力画を奪おうとしているのだろうか?
けれどそれにしては、サイアンさまの態度は硬い。
「お話は聞きます。ただしこの部屋で、お兄さまやヴィルレリクさまには一緒にいてもらいます。離れていれば聞こえないでしょう?」
「この広さでは盗み聞きもできるだろう」
「ではホールでも中庭でも構いません。サイアンさま、申し訳ありませんが、私は自分の身を守るためにもあなたと2人にはなれません」
あなたを信用していない、と面と向かって言うのは勇気がいったけれど、サイアンさまが本当に信用できる人間なのか私にはわからない。お兄さまやヴィルレリクさまが見ているのであれば、もし何かをされてもきっと助けてくれるだろう。欠かさず身に付けている魔力画たちも、もしものことがあればきっと私を守ってくれる。
サイアンさまに向かって視線を返したまま答えを待っていると、濃い茶色の瞳は一度長い瞬きをして、それから頷いた。
「仕方ない」
「ではあちらの隅っこに。ヴィルレリクさまとお兄さまは、扉の方で待っていてください」
「リュエット」
「大丈夫です」
ヴィルレリクさまが少し心配そうな顔をしていたので、スカートのポケットに当たる部分にそっと触れて示してみせた。そこに魔力画があると伝わったのか、ヴィルレリクさまは頷いてからサイアンさまを見る。
「もしおかしな真似をしたら直ちに取り押さえる」
「ことによってはカスタノシュ家総出で縛り上げるからそのつもりでいるといい。我が家の使用人は中々鍛えられていますので。リュエット、話を聞いたらすぐにお兄ちゃまの元へ戻ってきなさい」
お兄さまがキリッとした顔でサイアンさまを睨んでいる。いつもそんな感じでいてくれれば頼もしいのに、とちょっと思ったけれど、ずっとこんなお兄さまだと肩が凝るかもしれないとも思った。
お兄さまに頷いてから、私はサイアンさまより先にサンルームの端へと移動した。大きな蔓性の植物の葉のある角へと立つ。するとサイアンさまも私の後ろをついて移動し、それから距離を詰めた。後ろに下がろうとすると、かかとが植木鉢に触れる。
「失礼、会話を聞かれたくないものですから」
サイアンさまはそう言ってからしばらく口を噤んだ。視線を動かすと、ヴィルレリクさまとお兄さまが一緒に私たちの方をじっと見つめているのに気付く。お兄さまはサンルームに置かれていたスツールを握り、ヴィルレリクさまは右手を懐へ入れた姿勢のままサイアンさまを見つめていた。その目は険しいので、睨んでいたといったほうがいいかもしれない。
2人の姿に安心し、私はサイアンさまを再び見上げる。それを合図にしたように、サイアンさまはそっと私へと囁いた。
「あなたの親しい友人が連れ去られた」
「ミュエルが? なぜ?」
「……助けたくば、貴方自身が身代わりとなるしかない。他の者に黙って私に付いてくるならば、彼女の安全は保証される」
私は唖然としてサイアンさまを見上げる。感情を抑えた声も、変わることのない表情も、サイアンさまが何を考えているのか少しも伝えてこない。
「もし他に助けを求めれば、どうなるかわからない。どうする?」
硬い表情のサイアンさまが、強い目で私を促した。




