沼はどこにでもあるようです6
背が高い。その男性を見てまずそう思った。
お兄さまと話すときよりも、少し目線が上になるくらいの高さだった。次に目を引くのは、白い髪だ。白髪のような色混じりのものではなく、真っ白。まつ毛も白く、琥珀色の目がよく目立っていた。
細身だけれど、弱々しげな印象は全くない。落ち着いて構えているようなところがないのに、何が起こっても対処しそうなオーラがある。
強いて言うならラスボス感というやつだろうか。
穏やかそうに見えて一番ヤバい系のキャラっぽい、そんな得体の知れなさが漂っている。整い過ぎた顔は、表情を浮かべていないと酷薄そうにも見える。
「死ぬよ」
「えっ?!」
いきなり死の宣告。
やっぱりこの人ラスボスか。私ここで殺されるのかな。
短い人生だったと思っていると、その男性がすっと指差す。
私、の向こうにある魔力画を。
「魔力画は防犯のための魔術が掛けられていることも多いから、下手すると死ぬよ」
「え……怖……そうなのですか……」
近付き過ぎていた魔力画と距離を取る。
文字を読み取ろうと夢中になり過ぎていて、うっかり触れていたら大変なことになったかもしれない。教えてもらえてよかった。いきなり現れたのでびっくりしたけど。
改めて謎の男性と向き合うと、男性が微笑んだ。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
挨拶は重要だ。このタイミングが適切かどうかはわからないけれど。
返事をすると男性は目を細めて頷く。
「新入生? ホールはあっちだよ」
「はい、あの、リュミロフ先生を待っていて……魔力画を、見せてもらいたくて」
「魔力画、好きなの?」
頷くと、男性はまた微笑んだ。笑みを浮かべると近寄り難さが減り、イケメン度が上がる。直視するのが辛くて微妙に目を逸らしつつも、失礼にならない程度に目を合わせるのは意外に大変な作業だと痛感する。
「そう。この学園にも魔力画は色々あるから。特にあっちの棟が多いかな」
「そうなのですね」
「この絵と対になるものも飾られてる」
示されたのは、さっき見ていた幾何学模様の魔力画だ。絵の中の円は相変わらずゆっくりと動いていた。
抽象的な絵だけれど、対になっているとわかるものだろうか。もしかして、この人も魔力画の愛好家なのかもしれない。もしくは、美術科目を学んでいる人なのか。
そう思うと、ちょっと緊張が解けた。登場と見た目で身構えてしまったけれど、注意してくれたし親切な人なのかもしれない。
そういえばお礼を言っていないと思い出して、私は振り返った。
「あの、先程は……あれ?」
そこにいたはずの男性がいない。
左右を見渡しても、廊下に立ち去る姿すら見つけられなかった。
どういうこと。
「イケメンの幽霊……?」
色んな意味で怖い。幻覚だったらもっと怖い。
一人でビビっていると、リュミロフ先生がようやく戻ってきてくれた。
「お待たせしました、どうぞ」
手に乗っているのは、とても小さな額縁に入れられた小さな絵。蜜蜂や駆け回る小鹿などが描かれていてとても可愛かった。
「すごく可愛いです!」
「そうでしょう、こっちの絵はね、繋がっていてね……」
右に置かれた絵の右端からぴょこっと小鹿が出て跳ね回りそして左端へ消える。すると左に置かれた絵の中へ、今度は成長した姿で現れた。
並べられた小さな絵がまるで繋がっているように見えるなんて。
「すごいですね……」
「この2つは、実は生徒の作品なのです。難しい技術ですが、授業をしっかりと学んでいけばリュエットさんも制作できるようになりますよ」
「本当ですか?」
リュミロフ先生が微笑んで頷いた。
他にもいろんな魔力画を見てみたい。こんな可愛い絵が描けるかはわからないけれど、自分でも動く絵画を作ってみたい。
そう告げると、リュミロフ先生は喜んでくれた。
「これからよろしくお願いいたします、先生」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
そこへちょうど先輩もやってきて、同級生の女の子も紹介してくれた。優しそうな子で、仲良くなれそうな感じがする。
学園生活が俄然楽しみになってきた私は、夜会で出会った謎のイケメン幽霊についてすっかり忘れてしまっていた。
その彼にまた遭遇するのは、学園生活に少しなれてきた頃、それからひと月ほど経ってからのことだった。




