悪意はいつどこにあるのかわかりません19
ラルフさまにお別れを言い、私とお兄さま、そしてヴィルレリクさまは同じ馬車で帰路に就いた。
「リュエット……リュエット、お、お、お兄ちゃまのことを嫌いになったのか」
「なっていません。でもお兄さまも私ももう子供ではないのですから、ちょっとくらい距離を置いてもよいのではないですか?」
「でもリュエット、お兄ちゃまとリュエットは唯一無二の兄妹なんだぞ」
お兄さまだってそろそろ将来の相手を考える時期が来ているというのに、妹にばかりかまけているのはどうなのだろうか。まだ見ぬお義姉さまとは仲良くなっていきたいというのに、これでは私が不仲の種になってしまう。
「特にリュエット、お前の身が狙われている今、大人だの何だのと言っている場合ではないだろう」
「でもくっついていて犯人が捕まるわけではないでしょうし、ヴィルレリクさまのお守りもありますし」
「なんだヴィルレリクヴィルレリクって!! そんなにヴィルレリクがいいのか!!」
「お兄さま、ご本人がいらっしゃる前で何を言ってるんですか」
馬車の外まで響きそうな声で取り乱すお兄さまは、まるで酔っ払っているかのようである。
ヴィルレリクさまからすると、勝手に巻き込まれていい迷惑だろう。すみませんと謝って小さくなっていると、それでまたお兄さまが鼻息を荒くした。
「大体ヴィルレリクのどこがいいんだ、何を考えているかわからない顔をしているし、愛想がいいわけでもないし、時々何か末恐ろしいことすら考えているようにも見えるぞ」
「お兄さま、失礼なこと言わないで。ヴィルレリクさまはちゃんと笑ったりしてらっしゃるし、きちんと色々考えていらっしゃるし、魔力画のことだって丁寧に教えてくれます。お兄さまのよくわからないお話よりうんと面白いお話をしてくれますから」
「リュエット、そんなに褒めるほどヴィルレリクが気に入ってるのか……?!」
「違います!」
つい大きな声で否定してから、ハッとすぐ向かいに座るヴィルレリクさまを見る。
「あっ、その、ヴィルレリクさまのことが嫌だと思ってるわけじゃなくて、そんな、気に入ってるなんて失礼だし、その、ヴィルレリクさまはすごくいい人だと思ってますけど、そんな、恐れ多いというか」
「フッハハ聞いたかヴィルレリク」
「もうお兄さまは黙って」
スカートの下でお兄さまの足をぐりぐり踏む。爪先でピンポイントに攻撃をしたからか、ようやくお兄さまは黙ってくれた。
「リュエットはティスランといると沢山喋るね」
「……いつもいつも見苦しいところをお見せしてすみません」
「なんで謝るの? 落ち込んでるより、元気でいる方がいいと思うよ」
カーテンを閉めた窓枠に頬杖をついて、ヴィルレリクさまは琥珀色の目で私たち兄妹を眺めていた。
うちは貴族にしてはマナーも煩くなく、領民の子供と一緒に育ったせいか礼儀のなっていないところがある。幸いにもヴィルレリクさまは気にしていないと言ってくれるけれど、格式高い侯爵家からすると私たちは朝告げ鳥のように煩いだろう。
みっともないところを見られたくないのに、今は一緒にいる時間が長いだけにどんどんそういうところを見られている気がする。そして大体がお兄さまのせいな気がして、やっぱり帰ったらお兄さまのではなく私の好物を作ってもらおうと思った。
「我が家は賑やかな家風だからな。その辺の貴族にありがちな厳しい躾と言葉もない食事などではとてもとてもリュエットを楽しませることなどできないぞ、ヴィルレリク」
「そうみたいだね。じゃあリュエット、事件が終わったら魔力画があるカフェにでも行こうか」
「なんでそうなるのだヴィルレリク!!!」
「とっても楽しみにしています」
「リュエットォオー!!」
ヴィルレリクさまも、お兄さまの反応を見て楽しむことにしたようだ。琥珀色の目が、面白そうに頭を抱えるお兄さまを眺めている。お兄さまの大袈裟でしばしばやめてほしくなるような言動も、楽しんでくれる人がいるのならばいいのかもしれない。でもやっぱり恥ずかしいから外ではやめてほしいけれど。
「ヴィルレリクさま、今日はありがとうございました。ラルフさまにもまたお礼をします」
「うん。気を付けて、くれぐれも危険なことはしないで」
「はい。ヴィルレリクさまもお気を付けてお帰りください」
「またね」
家まで送ってもらい、ヴィルレリクさまにお辞儀をする。お兄さまの足をそっと踏むと、お兄さまも不本意そうにお礼を言った。
見送って振り向くと、お父さまとお母さまが出迎えてくれていた。お兄さまが大袈裟に今日の出来事を話し始めると、お母さまがころころ笑い、お父さまは私の背中に手を当ててそっと中へと促してくれる。
事件は物騒だし、魔力画を傷付ける犯人は許せない。
けれど、家族と過ごすこの光景も大事だ。
ヴィルレリクさまの言う通り、危険なことにはならないように気をつけようと改めて思った。




