悪意はいつどこにあるのかわかりません18
特殊な魔力画の一枚が、我がカスタノシュ家にあるなんて知らなかった。
カスタノシュは、伯爵家として長く歴史に名を連ねている家でもある。歴史書に書かれなかった過去に、何があったのだろうか。その不思議で恐ろしい魔力画を、なぜ貴族の家でそれぞれ持ち続けていたのだろうか。
「……私はしばらく、家で静かにしていた方が良いのでしょうか」
私の周りで危険なことが起これば、お父さまもお母さまも心配する。命を盾に魔力画を寄越せと言われたら、そんな魔力画だと知っていてももしかしたら従ってしまうかもしれない。
王家をも揺るがす可能性を秘めた魔力画を、火を付けて盗むような犯人に渡してしまうわけにはいかない。
そのためにまず私ができることは、魔力画を犯人に渡さないようにすることだ。
外に出れば、犯人に攻撃の機会を与えることになる。犯人が私を盾にカスタノシュ家を脅すことを防ぐには、その機会をまず与えない方がいいのではないかと思う。
けれど、ヴィルレリクさまはあまりいい案だとは思っていないようだった。
「賛成はできない。完全に機会が絶たれれば、おそらく犯人はカスタノシュ邸を直接狙う。今までなら他の魔力画に火を付けて注意をひいていたけれど、カスタノシュ邸には魔力画がない。だから、どれを標的にするかわからなくなる。そうなるとより危険だから」
「おいヴィルレリク、それでは我が妹を囮にしているようではないか!」
「言い方は悪いけど、その方がいい。カスタノシュ邸が狙われればリュエットも他の家族も危険になる。犯人がリュエットを狙っているならリュエットを守ることだけに集中できるし、犯人を捕まえやすくもなる」
「リュエットを危険に晒すというのか」
「犯人を捕まえないとリュエットは安全に暮らせない」
私たちと同じように立ち上がり静かに話すヴィルレリクさまと、不快感を露わにするお兄さまとが睨み合う。
私はお兄さまに抱き締められたままなのでちょっと居心地が悪かった。離れようとすると、お兄さまがしっかりと抱き締めてくる。子供ではないので気恥ずかしいし、ヴィルレリクさまに見られているのもまた恥ずかしい。ラルフさまも見ているし。
「ちょっと、お兄さま」
「リュエット。やはりお前を守るのはお兄ちゃましかいないようだな、だが安心するといい」
「いえ、離してほしいのですが」
「遠慮することはない」
「してません」
ラルフさまがまあまあと宥めても、お兄さまは離れようとしてくれない。そろそろ息苦しいのでやめてほしい。
「お兄さま、心配してくださるのは嬉しいですが、いい年になって抱きつくのはちょっと気持ちが悪いです」
「きも……ち……わるい……?」
「はい。お兄さまを嫌いになりそうです」
心を鬼にして言うと、お兄さまはショックを受けたまま固まってしまった。時折暴走するものの基本的には妹想いで優しいお兄さまに対してちょっと胸が痛んだけれど、私はようやく解放された。
家に帰ったらお兄さまの好きなお菓子を差し入れしよう。
お兄さまから離れて息をついていると、そっと頭を撫でられた。
顔を上げると、ヴィルレリクさまが私に手を伸ばしている。
「リュエット、髪が乱れてる」
「……あ、す、すみません」
撫でられてるんじゃなく、髪を直してるだけだった。
お兄さまが力任せに抱きついてきたので乱れてしまったのだろう。ちょっと恥ずかしくなりながら、私はじっと俯いてヴィルレリクさまが直してくれるのを待つ。
「うん、いいよ」
「ありがとうございます」
照れながらお礼を言うと、ヴィルレリクさまは頷く。ふとお兄さまの方を見ると、その隣でラルフさまが笑いながら見ていてより恥ずかしくなった。
「あの、ヴィルレリクさま。私が外に出ることによって、犯人を捕まえやすくなりますか?」
「犯人が危害を加えようとすると、どうしてもある程度は接近することになるからね。でも、わざわざ誘き寄せようと危険な真似をするのは駄目」
「……例えば、家にある魔力画を持って私が移動していると思わせたら、犯人はそれを奪いに姿を現すのではないかと」
「絶対に駄目」
「でも、黒き杖の方に協力してもらって、相手を囲んで逃さないようにしたら」
「駄目」
「そのほうが早く捕まえられるのでは」
「駄目」
ヴィルレリクさまが食い気味に却下してくる。
私を囮にすることで犯人を捕まえやすくなるなら、受動的にチャンスを待つのではなく罠を張った方がいい気がするのに。
「そんなことしたら、死ぬよ」
「えっ」
「リュエットは死なせん!!」
びっくりするのと同時にお兄さまが再起動した。ラルフさまがその肩をまあまあと宥めているのが見える。
そこから視線を戻すと、ヴィルレリクさまが私に一歩近付いていた。髪を直してもらっていたときでも近かったのに、さらに距離が縮まっている。
「リュエットは死にたいの?」
「し、死にたくありません」
「よかった。リュエットに死んでほしくないから。自らを危険に晒すことはしたら駄目だよ」
「あ、あの、はい」
白い髪が、午後の光で柔らかい色に変わっている。琥珀色の目も優しい色になっているのに、じっと見つめられているとなんだか逃げ出したい気持ちになった。
物騒な話をしているというのに、私の頬は熱い。
「囮にしてるってわかって、怒った?」
「いえ、その、魔力画もいっぱい頂いていますし、その方がいいならその」
「リュエット」
「はい」
ヴィルレリクさまの手が、袖を握っていた私の手を取る。
「ちゃんと守るし、ちゃんと犯人は捕まえる。だから危険な真似はしないで」
真剣な目に覗き込まれて、私は頷くので精一杯だった。




