悪意はいつどこにあるのかわかりません16
「この世には存在しない……ということは、燃えてしまったのですか?」
「似たようなものかな。我が家の魔力画が盗まれる少し前に魔術が解かれ、絵もなくなった。だからもう、絵を全て集めても意味がないんだ。だよな」
ラルフさまが話を振ると、ヴィルレリクさまは口を開かずにただ頷いた。
ヴィルレリクさまも事件については知っているようで、私やお兄さまのように驚いたり心配したり不思議がったりしている様子はない。
「あの、魔術を解くということは可能なのですか? それに、意味がないなら犯人はどうしてそんな魔力画を盗んだのでしょうか?」
「俺は魔力画については素人だから」
ラルフさまがそう言ってもう一度ヴィルレリクさまを見ると、今度はヴィルレリクさまの口が開いた。
「あまりないことだけれど、できる場合もある。犯人が盗んだ動機についてはまだ知らない」
「そうなのですか……」
魔力画には守りの魔術が掛かっている。そのため盗んだり傷付けたりすることが難しく、それに等しい行為である魔術の解除も簡単ではないのだろう。それだけに、一連の事件のように燃やしてしまうということも異様な事態ではあるのだけれど。
特殊な魔術が掛かった十数枚の魔力画。そのうちの1枚はもうない。
すべてを集めると何が起こるのか、そしてすべて集められないのに、なぜ集めているのか。
「もしかして、もうこれ以上その魔力画家の絵がなくならないように保管しようとしてるのでしょうか?」
「リュエット、もしそんなことを考える人物なら、他の魔力画を燃やしたりしないと思うよ」
「あ、そうですよね」
ヴィルレリクさまに言われて、私は少し頬が熱くなった。犯人が火を付けてまで魔力画を求めたということを忘れていた。
「リュエットは魔力画を愛する心優しき妹だからな。だがそれよりは、欠けた一枚を補完する方法を見つけ出したと考える方が妥当ではないだろうか」
「お兄さま、そんなことできるのですか?」
「お兄ちゃまは門外漢だが、その方が筋が通ると思ったまでだ。リュエットのお兄ちゃまはそこそこ頭が回るからな」
お兄さまが褒めてほしそうにしていたので、スルーして話の続きを待った。
私は長年一緒にいるのでお兄さまの言動には慣れているけれど、ラルフさまの同じようなスルーっぷりをみると、生徒会でも素の状態でいるのだろうか。お兄さまに自分をさらけ出せる仲間がいると喜ぶべきか、それともお兄さまの残念っぷりを嘆くべきか迷うところだ。
しばらくドヤ顔をしていたものの、私たち3人が黙っているとお兄さまは咳払いをして続きを話し始める。
「ラルフの家から盗まれる前に魔力画の一枚が破壊され、そしてしばらく犯行が止まった。つまり、犯人はすべて集めるはずが、破壊されたことで計画が崩れて中止せざるを得なかったのではないか」
「そうかもしれませんね」
「もし、最近の事件の裏で同じように魔力画盗難が同時進行していたのであれば、何らかの方法によって破壊されたことが障害にならない状況になった可能性がある。いや、そう想定して動くべきだ」
特殊な魔力については不明だけれど、王家に対しても脅威となるようなものだ。もしお兄さまの言った通りに失われた1枚を補うような方法が見つかったのであれば、今すぐにでも犯人を捕まえる必要がある。
「ヴィルレリクさま、カフェやマドセリア家、学園でも盗難事件が起こったのですか?」
「その質問には答えられない」
「リュエット、覚えておくといい。こういう返事はハイと同じようなものだ」
「ティスランは黙ってて」
「ほら誤魔化そうとしたぞ」
「お兄さま、わかりましたからちょっと静かにしていただけますか?」
お兄さまの言葉に、ヴィルレリクさまが僅かに眉を寄せながら琥珀色の目を細めていた。普段は飄々としている風なヴィルレリクさまが表情を変えると怖い。ラスボスっぽさが増すのであまりわざと怒らせるようなことはして欲しくないのだ。
「そうなら、他の魔力画を探して犯人から守らなくては。今のところ何枚が犯人の手に渡っているのですか?」
「それも言えないから」
「あ、そうですよね……」
危険なものだから情報を出せないのだろうけれど、このままだと情報が少なすぎて犯人に繋がるものがわからない。
「でも、また魔力画が盗まれる可能性があるんですよね。そしてそのために他の魔力画が燃やされる可能性も。どうにかして犯人を捕まえないと……」
「リュエット」
「はい、ヴィルレリクさま」
何が方法がないか悩んでいると、ヴィルレリクさまがちょっと変な顔をして私を見ていた。
「魔力画以前に、リュエットは自分の身を守るのが最初だと思うよ」
「あ」
そういえば、なぜか私がその魔力画放火と盗難の犯人に目を付けられてるのだった。
そうでしたと答えると、ヴィルレリクさまは少しだけ笑う。琥珀色の目がふんわりと弧を描いている。
「リュエットは本当に魔力画が好きだね」
「す、すみません」
「そうだろうリュエットは可愛いだろう。だがヴィルレリク、その魅力を一番知っているのはお兄ちゃまたるこの私だぞ」
またお兄さまが変なところで胸を張り始める。
その足をまたこっそり踏んで、私はお茶を一口飲む。
ラルフさまの入れてくださった美味しいお茶のお陰で、気持ちがちょっと落ち着いた。




