悪意はいつどこにあるのかわかりません15
「事件が起きてからは毎晩、しばらく経ってからも時々大人たちが深刻そうに話し合っていてね。当時は子供だからと詳しく教えられなかったけれど、今日のことを相談されて改めて聞いてみたら詳しく教えてくれた」
成長し、爵位を継ぐ時期も見えてきたために、ダンブルグ公爵もラルフさまに事情を話すことにしたようだ。
「どうやら代々受け継がれてきた魔力画が盗まれたからだったらしい」
「大切なものだったのですね」
「そう。同じ魔力画家が描いた十数枚にわたる作品群のうちのひとつで、特殊な魔術が施されていたようだ」
「特殊な魔術?」
私が訊くと、ラルフさまは首を振った。
「詳しくは言えない。それ以上については教えられる範囲じゃないし、それ以前に俺も全てを教えられたわけじゃないからね。ただ、その魔力画が盗まれるということは、脅威になるということでもあるらしい」
「それは、ダンブルグ家にとって、ということですか?」
「ダンブルグ家もだし、それ以上に重要な方々も、らしい」
正方形のテーブルを囲み、私からみて右側に座るヴィルレリクさまが全く態度を変えないまま聞いているのに対して、私の左側に座っているお兄さまがその言葉に反応したのがわかった。
ダンブルグ家は三大貴族のひとつであり、そして公爵家である。
貴族としてはほどんど頂点に近い一族である彼ら以上に重要な方々となると、それはもう王家を指しているも同然だ。王家にとって脅威になるというのは、私たち貴族にとっても脅威になる。それだけではない。国を揺るがすような事態にも繋がりかねないのだ。
思っていた以上の話になって私がぎゅっと手を握りしめると、そっとその上に温かな手が重ねられた。顔を上げると、ヴィルレリクさまがこちらを見ている。表情に変わりはないけれど、その琥珀色の目は心配そうに見えた。
何か返事をしようと息を吸った瞬間、私の手が反対に引っ張られる。
お兄さまがガッチリと私の手を掴んでいた。
「お兄さま、引っ張らないでください」
「リュエット、怖いならお兄ちゃまを頼りなさい。抱きしめてやろうか」
「いりません」
手を引き剥がして座り直す。ヴィルレリクさまと、あとちょっとだけお兄さまのおかげで、ちょっと不安な気持ちが消えた気がする。
魔力画には特殊な魔術が施されていた。それは王家にも影響を及ぼすようなものらしい。そしてその魔力画は、火事を起こして騒ぎを起こし、それに乗じて盗み出すような人物の手に渡った。
「重要な魔力画ならば内密に探すのではなく、黒き杖の方々にも捜査していただいたほうが良いのではないでしょうか?」
「彼らも捜査はしたし、実を言うとまだそれは終わっていない。とはいえ、その魔力画の存在は誰にでも広めていいものではないから、黒き杖でも捜査に関わることのできる人物は限られる。貴族の中でも、その存在を知らない者のほうが多いんだよ」
魔力画の存在も盗まれたという事実も広めてはならないから、ダンブルグ家の被害は表向き、魔力画が燃えたということのみになる。
黒き杖が行う捜査についても火事の犯人を探すという名目にするしかなく、そしてそうなると捜査をいつまでも続けているのは不自然になる。表向きの捜査をする期間はそれほど長くもなく、燃えた魔力画についての捜査が終われば、それに乗じて進められていた盗まれた魔力画の捜査も動きにくくなった。
「あの、盗まれていた魔力画もホールに飾られていたものなのですよね? 多くの人が目にしたのであれば、その魔力画について覚えている人も多いのでは?」
「魔力画自体の価値としては、盗みたいと目が眩むほどではないようだよ。特殊な魔術に多くの魔素と場所を取られているからか、動く仕組みは極力簡略化されている。確かに覚えている人はいるだろうけれど、よく知らない人が見たら古臭くて単純な魔力画だと思うだろうね。人間、大事に保管しているものについては価値が高いのだろうと思うけれど、そうでないものに対してはそれほど注目しない」
魔力画は基本、盗まれないような魔術がかけられている。盗難に遭うことは稀だ。厳重に保管してそれが誰かの耳に入り噂になるより、さほど価値がない魔力画として飾っていた方が狙われないとダンブルグ公爵は考えたのだろう。
魔力画としての価値が高いものではないから、火を付けてまでそれだけが盗まれたということが広まれば魔力画に詳しい人は訝しがる。盗まれた魔力画がかなり重要なものだとわかれば、盗んだ人以外にも良くないことを考える人が出てくるかもしれない。
「でも、脅威になる可能性があるのならば、盗まれた魔力画を探すことを優先すべきではないですか?」
「それがそうでもない」
「そうでもない……とは?」
「魔力画は、その魔力画家が描いた作品群の全てが集められると危険だそうだけれど、一枚のみではただの魔力画でしかない、らしいよ。そして、その作品群が全て集められることはない」
「どうしてわかるのですか?」
ラルフさまは表情を少し緩めて、それから肩を竦めた。
「その作品群のうちの一枚は、もうこの世には存在しないからだよ」




