悪意はいつどこにあるのかわかりません14
生徒会準備室は、窓側以外の三方に書類棚が置かれていることもあって少し手狭な印象だった。中央に正方形のテーブルが置かれ、4つの椅子がある。棚の横には木製の折り畳み椅子も見えた。
「はい、散らかっててごめんね」
「そんなことないです、ありがとうございます」
椅子のひとつに座り、私はひっそりと感動に打ち震えていた。
推し(ラルフさま)が淹れた紅茶が、私の前で湯気を揺らしている。
隣に給湯室があるらしく、ラルフさまがそこへ消えたかと思うと、気さくにワゴンを押して戻ってきた。ティーセットに、日持ちのするお菓子が入ったお皿もある。
手際良くそれぞれのカップにお茶を注いだラルフさまが、手ずからお茶とお菓子を配ってくれた。
紅茶、いい香りがする。茶葉もいいけれど、蒸らし具合が絶妙だ。微かな苦みが芳香な茶葉を引き立たせ、いくらでも飲みたいと思ってしまうほど美味しい。推しだからじゃなく、ラルフさまのお茶を淹れるスキルが高いのだ。
「すごく美味しいです」
「そう? いつもやってるからかな」
「こいつが一番美味いからな。リュエット、お茶くらいお兄ちゃまも淹れられるぞ。今度家で一緒に飲むか」
「いりません」
生徒会長にお茶汲みをさせるだなんて、お兄さまはどういう教育を受けてきたのだろうか。羨ましい。
ふと横から視線を感じてそちらを向くと、ヴィルレリクさまと目が合った。
この前言われた、紹介しようかという言葉を思い出してしまう。やっぱり他人から見てもはしゃぎすぎだろうか。私は誤魔化すようにお茶に口を付けた。
「さて、ウィルから聞いたところによると、我が家の昔話に興味があるとか」
少しだけお茶を楽しんでから、ラルフさまが切り出す。私が気構えしないようにか、ゆったりと微笑みながら切り出してくれたけれど、私は改めて背筋を伸ばした。気持ちが切り替わる。
「はい、最近起こっている魔力画が燃えた事件について、前にも似た事件があったということを聞きました。ダンブルグ家もその被害に遭ったと伺ったので、失礼ですが、詳しくお訊ねさせていただきたいのです」
「そう。まあ、かなり前の話だし、何せ俺が子供の頃の話だから。大体が伝聞になるし、黒き杖にも当時の事情聴取で話したことしか話せないけれど、それでもいいなら」
「はい、ありがとうございます」
お礼を言うと、どういたしましてと柔らかく答えが返ってくる。
ラルフさま、公でないときは俺っていうのだなと思っていると、お兄さまが口を開いた。
「一応言っておくが、ラルフ、くれぐれも我が妹を怖がらせたり、悲しませたり、危険を冒したくなるような話は避けてくれ」
「お兄さま! 私はもう子供ではありませんし、話を聞いただけでそんなことはしません」
事件の話をするというのに無茶なリクエストである。
私を心配してくれるのはありがたいけれど、それでラルフさまが話してくれる内容が少なくなれば、それだけ事件についての情報が少なくなってしまうのだ。
「努力するよ。ティスランは本当に妹想いの兄さんだね」
「兄さんではなくお兄ちゃまだ。いや、ラルフはお兄ちゃまと呼ぶなよ。私をお兄ちゃまと呼んでいいのは世界でただひ痛っ」
しっかりめに踏んでおいた。
「ではラルフさま。まず最初に、ダンブルグ家で魔力画が燃えた際の状況を教えていただけますか?」
「そうだね。あれは春頃だったかな。ちょうどうちで夜会を開く予定だった日で、まだ客が少しだけ集まり始めた頃のことだった」
日が延びて、まだ空が夕焼けに染まっている頃だったそうだ。
親しいものだけを招いた小さな夜会のために、準備をする使用人が慌ただしく行き来していたらしい。
当時まだ幼いラルフさまだったけれど、最初の挨拶までは出席を許されていたそうだ。早めに準備を終え、ラルフさまのお父さまが会場となるホールで使用人に指示をしたり、早めの来客を案内したりするところを見ていたそうだ。
「大小2つの広間を使って、小さい方に軽食や飲み物を置き、大きい広間の方はダンスホールにする予定だったのだと思う。でも軽食の準備が終わっていなかったから、早く来た客にはグラスだけを持たせてダンスホールへ案内していた」
「その段階では、特に変わった様子はないようですね」
「ずっと続いているような気さくな集まりだからね。父も慣れていたし、使用人も勝手が分かっていたと思うよ」
お客が増え出すと、ラルフさまはその相手をしていろと言われたらしい。
公爵家の子息だし、きっとその頃のラルフさまは天使のように可愛かっただろう。そんなラルフさまに挨拶をされれば、きっとどのお客も待ち時間を忘れたはずだ。
「確か、誰かがハンカチを折ってウサギを作ってくれていたのだったかな。そうやって遊んでもらっている途中で、開いた扉から見えている向こうの広間がやけに明るいなと思った」
日が暮れてきて灯りを増やしている途中だったので、余計にその明るさが目立ったのかもしれないとラルフさまが言う。
しかしその明るさは、壁に掛けられていた魔力画が燃えているものだった。軽食の準備がされている小さな広間を飾っていたそれが、突然勢いよく燃え出したらしい。
「すぐに周りの大人も気付いてね、見に行きたかったけれど、使用人に捕まって母のところに連れていかれ、そのまま寝るようにと言われたんだ。直接見たのはそこまでだね。微かに焦げた匂いが漂っていて、それからしばらく外が騒がしかったのを覚えている」
説明するラルフさまの様子からは、特にそのことに対してトラウマになっていることはないようだ。燃えた魔力画から離れた場所にいたこと、その後の騒ぎを直接見ていないということもあるのか、淡々とした様子で話している。
「あの、怪我や、被害などは?」
「特になかったようだよ。ちょうど軽食を置いたテーブルがあったから、水も近かったし使用人も多かったからね。その広間も数年は使っていなかったけれど、今は内装を変えて夜会に使ってるから」
「それを聞いて安心しました」
「その代わり、家はしばらく騒がしかったね」
「犯人探しをされたのですか?」
「うん。かなりね。公に捜査していたわけではないから大々的にはしていないけれど、何年も犯人を探してたみたい」
その言葉に少し驚いた。ミュエルの話では、被害者が少なかった分犯人探しはさほど力が入れられていなかったようだとあったからだ。
「大事な魔力画だったのですか?」
「燃えたもの自体はそうでもなかったらしいよ。大事だったのは、その騒ぎに乗じて消えた魔力画」
「消えた?」
「そう。総出で燃えた魔力画の消火にあたっていた間に、魔力画が一枚盗まれたらしい」
ぞわりと背筋が冷える。
この話は、事件の核心に迫っている。
なぜかそう思えて、そしてそれが少し恐ろしく感じた。




