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沼はどこにでもあるようです5

「やっぱり素敵ねえ。お優しくて、人望もおありになって、ずっと首席ですもの」

「さすが三公爵家一のお家といわれるアルジョンティ家の方ですわね」


 先輩がたが私の推しを褒めているけれど、私はその中に入れなかった。

 だってどう見ても、向かいの壁に掛かっている絵画の、描かれている人物が動いているのである。

 なにあれすごい。映画で見たやつ。


「あの、ローザさま、マリアさま? あの向こうにある絵が、その、動いてるのですが」

「絵? ああ、魔力画ね。見るのは初めてかしら?」

「こちら側にも掛かっているわよ」


 マリアさまに言われて振り向くと、壁に大きな額縁が掛けられている。

 他の女生徒の横を通ってそこまで近付くと、それは風景画だった。王都近くにあるスイユの丘である。こんもりとした小さな森と、流れる小川が可愛らしい名所だ。


 よく見ると、淡い色彩で描かれたスイユの丘の、その小川がまるで本当に水が流れているように動いている。森の木々も時折風が吹いたように葉を揺らめかせ、枝から小鳥が飛び立ち、左の端へとフレームアウトした。


「すごい!」

「綺麗ですわよね」

「はい、すごく綺麗です。初めて見ました。どういう仕組みになっているのですか?」

「あら、気に入ったのね。魔力画は確か、魔力素の入った素材を使っているのだとか……ごめんなさい、私、修養は音楽を選択しているので、詳しくないの」

「私も工芸だから……案内をしたときに、修養科目というのがあると説明したでしょう?」

「はい」


 日中、学園を案内してもらっているときに、普通の授業やマナーなどの修学科目の他に、修養科目というものがあるのだとローザさまが説明してくれた。日本でいうと選択授業のようなもので、芸術系の科目がある。音楽は演奏技術、工芸は立体物の創作、そして美術は絵画の創作などを学ぶ。学力だけではなく、感性を磨くことも重要視されているからだ。


「美術選択でも、上手な方は魔力画も描いていらっしゃるみたいよ」

「描けるんですか!」

「普通の美術画よりも貴重なものですし、このような大きなものは難しいでしょうけれど、小さなものなら生徒の作品展示で見たことがありますわ」


 絵画の中で飛んだ小鳥が小石の上に止まり、ツイツイと鳴き声まで上げている。こんな絵、描けるというか描いた人がいるのがすごいし、自分でもできるかもしれないなんて夢がありすぎる。


 いきなりテンションが上がった私を見て、マリアさまとローザさまはくすくすと笑い合った。


「リュエットさま、雰囲気がぐっと明るくなりましたわ」

「学園生活に楽しみなものができたみたいね?」

「はしゃいでしまってごめんなさい」

「好きなものを見つけるのはいいことだわ。ほら、ちょうど美術の先生がいらっしゃるから、ご挨拶しましょうね」


 新入生が学園になれるように面倒を見てくれるのが、お世話役の先輩である。私が挙動不審だったせいで心配もしてくれていたのだろう。2人とも嬉しそうに微笑んで私を案内してくれた。


「リュミロフ先生、こちら新入生のリュエット・カスタノシュさまですわ。魔力画に興味があるそうです」

「リュエットさま、こちらリュミロフ・ヴィドルシュ先生よ。修養科目の美術を担当してらっしゃるの」


 イケメンだったらどうしようと一瞬身構えたけれど、リュミロフ先生はかなりお年を召したおじいさんだった。小柄で痩せており、白い眉毛がふかふかしている。杖もついているけれど、話し声はしっかりしていた。


「ああ、ようこそ王立学園へ。魔力画がお好きですか」

「初めまして、あの、あそこで初めて魔力画を見て、すごいなと思いました」

「ホールにある魔力画は、緻密な細工が施されていますからねぇ。この学園には他にも沢山の魔力画がありますよ。ちょうどここを出てすぐの廊下にも何枚か。もし宜しければ案内しましょう」


 貴重だといわれていたけれど、ここにはいっぱいあるらしい。さすが王立。

 先輩がたを見ると、笑顔で頷いてくれた。


「素敵なお誘いですわ。どうぞ見ていらして」

「もうおひとかた、私たちが案内する新入生の方がそろそろいらっしゃるはずですから、良い頃合いにお連れしますわね」

「マリアさま、ローザさま、ありがとうございます。それでは少し行ってまいります」


 相手が先生なので、先輩がたも安心して任せられるようだ。また後でとお辞儀をして、私はリュミロフ先生と一緒にホールの扉から廊下へと進んだ。ホールとは違って人通りはほとんどなく、扉を閉じてしまうと音楽も遠くなる。


「近頃は楽器や工芸品に人気が集まっているせいか、魔力画は愛好家が減っていましてね。興味を持ってもらえるのは嬉しいことです」

「そうなんですね。絵が動くなんて不思議で、すごく面白いと思いました」

「そうでしょう? 魔力画はわが国が発明した絵画なのですよ。ああ、ありました」


 少し歩くと、廊下の壁に絵画が6枚ほど並んでいるところがあった。大きさも額縁も、飾っている高さも違うけれど、それぞれ調和するように 計算されて飾られているようだ。

 リュミロフ先生がそのうちの1つを指す。暗い背景の中に、宝石の原石のようなものがえがかれていた。特に動いているものは描かれていないのでじっと見ていると、光に当たっている部分がきらりと光ってまた元の状態に戻る。


「これは一番小さく、仕掛けも単純でしょう? 魔力画初期のもので、二百年ほど前に描かれたものなのですよ」

「二百年前のものが、こんなに綺麗に残ってるんですね」

「元々美術分野では、魔力素は保存料として使われていたのです」


 隣に掛けられている絵は、生まれたての子犬が3匹、絵の右下で固まってくんくんと鼻を動かしているものだった。動きが本物そっくりで、思わず抱きしめたくなるような可愛さだ。1匹だけブチの付いているのが特に可愛い。


 他にも、鎧を着た勇壮な人物の髪や旗がはためく様子が描かれているものや、ゆったりと雲が流れていく空が描かれているものなど、様々なモチーフ、動きがあった。


 いい。

 魔力画、いい。


「すごくいいですね……」

「そんなに熱心に観てもらえると嬉しいですなあ。そうだ、私のとっておきのをお見せしましょう。小さくて、持ち歩き用の魔力画というのがあるのです。少しお待ちいただけますかな?」

「はい、ぜひ見せてください!」


 動く絵画を持ち歩くってどういうこと。見たすぎる。

 私が頷くと、リュミロフ先生も上機嫌で頷いてくれた。


 修養科目、美術で決まりだなー。うちは絵画ってほとんど飾ってないけど、魔力画もあるのかな。

 並んだ魔力画のうち、抽象的なものの前に立ってじっと眺めながらそう思う。

 斜めに描かれた二本の線と、1つの大きな円。その円がものすごくゆっくりした動きで、線上を移動している。

 数学の授業の例題で出てきそうな絵だ。接点tの移動を計算するとかで。


「あれ?」


 じれったいくらいにゆっくり動く正円の線、よく見ると、その細くて黒い線の中に何か文字が書かれている。灰色のインクは読み取りにくいけれど、何かとても長い文言が書かれているようだ。

 読み取ろうとしてじっと眺めると、遅いと思っていた円の回転が速いように感じる。


「あまり近付くと危ないよ。魔力画、仕掛けがあることが多いから」


 鼻先が絵画に付きそうな距離で眺めていると、優しく肩に触れる手があった。


「あ、ごめんなさ……誰?!」


 リュミロフ先生じゃない。

 私の後ろに立っていたのは、背が高く色素の薄い、謎の青年だった。


 本当に誰ー?!






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