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悪意はいつどこにあるのかわかりません9

「おはよう、リュエット!」

「ミュエル、おはよう」


 手を振りながら近付いてきたミュエルは、私の姿を見て首を傾げた。


「今日は何だか荷物が多いわね? 美術で使うの?」

「ええ、ちょっと」


 いつもの鞄の他に、箱を入れた大きな袋がひとつ。そんなに大きいものではないけれど意外に重くて、一緒に馬車に乗ったお兄さまとヴィルレリクさまにも訝しがられてしまった。


「リュエット、何かあったらすぐにお兄ちゃまを呼ぶんだぞ。いいか。窓際に座るときにはお兄ちゃまが渡した頭巾を被り、できるだけ危険を避けて……」

「わかりましたお兄さま、ヴィルレリクさまもごきげんよう」

「またね」


 薄い金属を綿で巻いたとかいう謎の頭巾を作ったお兄さまは、昨日の晩から私にそれを被らせようと躍起になっていた。渡されたそれをミュエルが不思議そうに眺めて、事情を説明すると私に哀れみの目を向けている。


「ティスランさまはリュエットのことをとても大事に思っているのね……」

「ハッキリめんどくさいお兄さまねって言ってくれても良いのよ」

「愛ゆえの暴走がね。でもまあ、身を守るにはいいのかも。柄がものすごく時代遅れだけれど」


 おばあさんが着ているような柄の布を使った理由はわからないけれど、お兄さまが立て続けの事件で私を心配してくれているのはわかる。ついでにお兄さまが色々喋っていてくれたおかげで、朝の馬車でも気まずい空気にならなくて済んだのもありがたかった。なんとなく、ヴィルレリクさまと何を喋ったらいいかわからない気分だったから。


「授業も別々になっちゃうけど、大丈夫? 音楽室と美術室って遠いのよね」 

「大丈夫。そうだ、ミュエルもこれを持っていて。お茶会に出るのは明日でしょう?」

「あ、ヴィルレリクさまから魔力画をもらってきてくれたのね」


 夏空に花の描かれた魔力画がきちんと動いていることを確認してから、薄い木綿の巾着にそっと入れて渡す。ミュエルは受け取って巾着をしげしげと眺めた。


「私の名前が書いてある! リュエットが刺繍してくれたの?」

「ええ、時間がなかったから、刺繍ってほどでもないけれど。無地だと味気ないかなと思って。このリボン、少し長めにしてあるから落ちないようにタグと結んでもいいと思うわ」

「ありがとう。とっても可愛い。私が先生だと満点あげちゃう」


 男女で分かれて受ける授業の中に、手芸の授業がある。刺繍は貴族女性の嗜みのひとつとされていて女学校でも教わっていたけれど、領地で野原を駆け回っていた私と馬を乗り回していたミュエルは同じくらいのお粗末な腕前だった。少しは上達したので巾着に縫い付けてみたけれど、裏側が不格好になっているのはきっと見逃してくれるだろう。


「明日からお休みでしょう? うまくいけば3件くらい聞いて回れそうだったからちょうどよかったわ」

「忘れずに持ち歩いてね」

「リュエットも」


 頷き合って、それから始業の鐘に追い立てられるように別々の教室へと向かう。

 私も大きな荷物を持って美術室へと移動した。


「では、授業を始めます。今日は先日説明した品評を、実際にやってみましょう」


 独特の香りがする美術室で、教壇に立つリュミロフ先生は微笑みながらそう言った。

 教科書や作品から学ぶだけでなく、実際に鑑賞をするということを身につける。そのために、美術作品を品評するというのが今月の課題だ。


 生徒たちの多くは、ノートを手に席を立って前方へと移動した。三つほど置かれた作品は先生が用意した作品だ。そのどれかを選んで品評してもいいし、自宅から作品を持ってきて品評しても構わないとリュミロフ先生は説明していた。

 最初は私も学校で用意されたものを選ぶつもりだったけれど、私は結局後者を選んだ。袋から箱を取り出す。


「ほう、リュエットさんは絵画を持っていらしたんですな」

「はい。……あの、もう一つ持ってきたのですが、それもいいですか?」


 平たい箱から取り出した絵を眺めていたリュミロフ先生は、私が開けたもう一つの箱を覗き込んで目を瞬かせた。

 中に入っているのは、小ぶりの壺だ。ティーポットくらいのサイズで、不格好に歪みがある。


「あの、壺はやっぱりだめでしょうか」

「確かに授業としては工芸の範囲でしょうが、本来どういったものにも芸術は宿ります。どうぞ品評の題材にしてみてください」

「ありがとうございます」


 私はほっとして、リュミロフ先生にお礼を言った。

 これでとりあえず、今月の美術の時間はこれらを自然に置いておくことができる。


 昨日私が見つけたのは、5枚の絵画と、壺が2つ。そして楽器が3つ。

 私の記憶にある限り、前世に課金した正月セットの中のアイテムのうち、絵画と壺についてはラルフさまのルートのためにいくつか使い、そしてキャラとの出会いを探す楽器は使っていなかった。正確な数は覚えていないけれど、乙女ゲーのなかでのアイテム数と今実際に私が持っているものとの間には不自然な乖離はなかったのである。


 ただこれがアイテムとしての絵画や壺なのかは不明なままだった。

 なんせ、壺のうちのひとつ、今日私が持ってきたものは、私が子供の頃に作ったものだからだ。領地にある工房を視察したときに、職人たちが幼い私やお兄さまの手遊びにと誘ってくれて作ったもの。だから一般的な壺の大きさではないし、形も歪でよく見ると指紋の跡も残っている。


 絵画も有名な作品のレプリカや肖像画のみ。特に価値があるものではないし、もちろん今までに不思議な効力を感じたこともない。

 かなり疑わしいものだけれど、もしこれらが何かしら乙女ゲームに関連した役割があるとわかると、ドレスもそうである可能性が高くなるだろう。何かの役に立つものなのかどうか、それを確かめるために持ち歩いてみることにしたのだった。






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