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悪意はいつどこにあるのかわかりません6

 早退するかという提案に頭を横に振ったのは、ミュエルと同時だった。


「怪我もしていませんし、大丈夫です」

「私も平気です。休んでいた分も取り戻したいので」

「結構なこと。鞄も綺麗にしてありますから、存分に授業に励みなさい。何かあればすぐに言うのですよ」

「はい、先生」

「ティスランさんもお戻りなさい。兄君としてリュエットさんの向学精神に負けてはいけませんよ」


 先生の厳しい眼差しがお兄さまに向く。

 お兄さまは実習棟からガラスの割れる音を聞き、妹の身に何かあったのではと直感して走ってきたそうだ。たまたま当たっていたから良かったものの、その直感が外れていたら大変なことになっただろう。主に私の羞恥心が。


「しかし先生、私はお兄ちゃまとして妹の身を案じる権利が」

「お兄さま心配ありがとうございますリュエットは平気ですまた放課後お会いしましょうさようなら」


 お兄さまの「お兄ちゃま」を聞いた先生の眉がピクッと動いた。私は慌ててお兄さまを廊下へ押しやる。マナーの先生の前でそれはやめてほしい。私まで怒られそうである。


「では、あなた方も準備をしてクラスにお戻りなさい」

「はい、先生。失礼いたします」

「失礼いたします」


 お手本通りのお辞儀をして、先生と別れる。私たちのクラスはひとつ上の階である3階で授業を受けることになったようだ。授業中で静かな廊下をミュエルと並びながら歩いた。


「ねえミュエル、魔力画が燃えた事件について、もう少し詳しく調べてくれない? 私も聞いてみるわ」

「もちろん。リュエットはくれぐれも気を付けてね。さっきの石を投げたのも魔力画の件と同一犯なら、相手は直接的に危害を加えることも辞さないってことになるもの」


 私たちがいたのは、2階の窓際。女生徒では抱えるのも難しいような石を、下から投げるにも上階から投げるにも普通にやるのは難しい。魔術のかかった道具を用いて行ったのであれば、その行為そのものが犯罪だ。

 今回は無事だったけれど、もし近くにいたミュエルに当たっていたらと思うと恐ろしい。犯行を止めればそれでいいとはもはや思えないことを犯人はやっている。


「あのね、次のお休みに魔力画好きがまたお茶会をするみたいなの。この状況だから魔力画の展示はしないみたいだけど、その代わり魔力画家に纏わる品物なんかを持ち寄って見せ合うのですって。お父さまが張り切ってるから、付いていってみるわ」

「ありがとう。何かあると危ないから、ミュエルの分もお守りを頂けないかヴィルレリクさまにお願いしてみる」

「あの人に手を貸してもらうのはかなり不服よね……でも、犯人と遭遇することもあるかもしれないし、私からもお願いするわ」


 むぅと頬を膨らませたミュエルはまだヴィルレリクさまを信用しきれていないようだけれど、今回の件もあってお守りの魔術がかかった魔力画を持つことには賛成してくれた。

 魔力画が燃えるくらいならば、魔力画に近付かなければ身を守れる。けれど、先程のように石を投げられたりするのであれば、気を付けるだけで身を守ることは難しい。


「ともかく、リュエットも私も、安全第一でいきましょう。犯人を探すのは大事だけれど、危ないことはダメよ。怪我しないようにくれぐれも気を付けましょう」

「ええ。ミュエルも無理はしないで。何かあったらミュエルのお父さまやお母さまも悲しむわ」

「あなたのお兄さまもね。黒き杖だって動いているでしょうし、私たちが頑張らなくたって案外早く捕まるかもしれないもの」


 手を握って微笑み合った。

 もし私ひとりだけがこの状況になっていたら、きっとこれほど平然としていられなかっただろう。ミュエルの前向きで明るいところに私は何度も救われている。

 また2人でのんびりお茶できるように、私は無理せずに頑張ろうと思った。




「……意外と元気そう?」


 午前の授業が終わり、迎えにきたヴィルレリクさまは窓ガラスの件のことを既に知っていたらしい。私の顔を見て、少しだけ首を傾げながらそう言った。


「全然元気じゃありません! 見てください!」


 今の私を動かしているのは悲しみと怒りのパワーである。

 ポケットから取り出した、傷の付いてしまった魔力画をずいっとヴィルレリクさまの方に見せると、琥珀色の目が少し曇る。


「朝からこの状態?」

「そうです。多分、割れたガラスが原因ではないかと……ごめんなさい」


 止まってしまった魔力画は、結局そのままになってしまっていた。せっかくヴィルレリクさまが貸してくれたものなのに、そしてせっかく魔力画家さまが描いたものなのに。

 ヴィルレリクさまが、裂かれた絵の代わりに新しい魔力画を渡してくる。丸い額縁に描かれているのは貴族の服を着た猫だった。


「あの、それは修復することはできませんか?」

「できなくもないけど、新しいの使った方が簡単だし早いから」

「時間がかかってもかまいません。あの、修復に掛かるお金も払います……今までダメになったお守りの分も」


 1枚だけならまだしも、これでもう3枚目だ。流石にダメにしすぎているし、命を救われているようなものなので、何も渡さずに済ませるのは気が済まない。

 そう言うと、ヴィルレリクさまは「別にいらない」とあっさり首を横に振った。


「でも、魔力画だってタダじゃないのですから」

「タダだよ。落書きとか実験用みたいなものだから」

「え……で、でも、画材などもお金が掛かるでしょうし、その、描いた方のためにも」

「リュエットが死ぬよりは安いから。はい」


 貴族猫の絵の他にもう一つ魔力画を渡された。

 花瓶やグラスなど静物画のモチーフのような物が置いてある中でりんごが転がっている絵だ。


「魔力画がダメになったらすぐ教えてほしいけど、授業があると渡せないから」

「でも、2枚もなんて」

「これがないときに何かあったら死ぬけど、それでもいい?」

「……良くないです……」


 得体の知れないヴィルレリクさまが「死ぬ」とかいうと、やたらとリアルに聞こえるのでやめてほしい。私は大人しくふたつの小さな魔力画を受け取った。


「あ、あの、ミュエルにも渡しておきたいのですが、このひとつを渡してもいいですか?」

「ダメ。これあげるから、リュエットは2つ持ってて」


 ヴィルレリクさまがもう一つ、小さな魔力画を取り出して渡してきた。大きな花が一輪、夏空の下で揺れている絵である。


「……ヴィルレリクさま、魔力画をいくつ持ち歩いているのですか?」

「まだ何枚かあるよ。もっといる?」

「いえ、もう十分です。ありがとうございます」


 制服のジャケットの中あちこちに魔力画を隠し持っているヴィルレリクさまを想像すると、ちょっと面白かった。思わず笑うと、ヴィルレリクさまも微笑む。


「元気になったね」

「はい、元気になりました」


 今度の言葉には、私も迷わず頷いた。






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