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悪意はいつどこにあるのかわかりません4

 始業が近付き登校してくる生徒が増えるまで、ヴィルレリクさまは教室で一緒にいてくれた。クラスメイトがチラチラとこちらを見ていても特に気にした素振りもなく、私の前の席をこちらに向けて座っているヴィルレリクさまは、やはり謎のラスボスめいた貫禄があった。


「リュエット!」

「ミュエル、おはよう」


 私がヴィルレリクさまと魔力画『3匹の子豚と枯れ木と蝶』の画法について話していると、ミュエルがやってくる。手には鞄を持ち、肩に楽器ケースを掛けていた。その姿が近付いてくると、ヴィルレリクさまは立ち上がった。私も慌てて立ち上がり、軽く頭を下げる。


「じゃあ、また昼に」

「はい、ありがとうございました」

「うん」


 悠々と歩いていくヴィルレリクさまを、私だけでなく、クラスメイトも視線で見送っている。そんな中でミュエルはヴィルレリクさまが座っていた椅子に座り、ずいっと私の方へ顔を寄せてきた。


「リュエット、何ともなかった?」

「ええ。あ、これありがとう。すごく楽しかったわ」


 休んでる間にミュエルが貸してくれた本に、お菓子の入った小箱を添えて返す。本は小説だったけれど、魔力画が出てくるもので想像しながら読むのがとても楽しかった。画集や解説書だと家族の目を気にするかと思って小説にしてくれたのだろう。その気遣いも嬉しく、お母様もミュエルのことが気に入っていたので、お礼のお菓子はミュエルの好きな黒果実がたくさん使われている。

 さっそくお菓子をひとつ摘んだミュエルは、おいしいと微笑んでから声を潜めた。


「あのね、少し調べてみたんだけど、前にも魔力画が燃える事件ってあったみたい」

「そうなの? いつ?」

「かなり前のことよ。15年とか、それくらい。何件か起こったのだけれど、犯人が見つかったかどうかはわからなかったわ。それ以上前のことはまだ調べられていないんだけど、ちょっと難しいの。ほら、貴族の事件ってうやむやに終わったりするでしょう?」


 私はミュエルの言葉に頷いた。

 大きな被害が出たり、王族に対する叛意だったりするときちんと記録に残ったりするけれど、貴族同士の小さないざこざや盗難事件などは表沙汰になることも少ない。噂にはなるけれど、やがてそれも消える。お互いに嫌なことをいつまでも覚えていられたくないという風潮が強いからだろう。事件として近衛団で記録が残っていても、それを調べるにはかなりの手続きが必要だということは聞いたことがあった。


 ミュエルは正式な手続きで調べたのではなく、家にある魔力画にまつわる記録を調べたり、蒐集家の集まりなどから聞き出したそうだ。


「魔力画家が書いた手記というのもね、よく魔力画好きに蒐集されるもののひとつなんだけど。何冊かにそういう記述があったの。でも、どういう絵だったのかとか、どの家でとかは憚って書かれていなかったわ」


 貴族を相手にする商売だから、手記を書いた画家もわざと記録に残さなかったのかもしれないとミュエルは言った。そこで、家で行われた魔力画好きのお茶会などで話を聞いてみたらしい。


「覚えてないって仰る人も多かったんだけど、何人かは教えてくれたの。燃えた魔力画については、海の絵が描かれた一枚しかわからなかったけれど。伯爵家で2件、それから多分なんだけど、ダンブルグ家でも起こったみたいよ」

「えっ」


 思わぬ名前に思わず声を上げてしまう。慌てて周囲を見回してから、私は小声でミュエルに聞き返した。


「ダンブルグ家って、あの、ラルフさまのお家じゃない?」

「そうそう、あなたが好きなラルフさまのね。三大貴族の噂話になるからかなり濁されたけど。あそこの先代が有名な蒐集家だったから、多分間違いないと思うわ」


 私の推し、ラルフさまの家でも魔力画が燃える事件が起こっていただなんて。15年前なら、今4年生であるラルフさまは3歳か4歳くらいだ。きっと天使のように可愛い子供だったのだろう。もし被害に遭っていたらと思うと恐ろしい。


「……ミュエル、犯人って同じだと思う?」

「どうかしら。実行できる人が限られるとはいえ、ただ一人にしかできないというものでもないでしょうし。でも魔力画が燃えるなんてそうないことだから、関連性があるかもしれないわよね」

「同じ犯人なら、少なくとももう30歳くらいかしら。子供がやるとも考えにくいし。もし犯人が貴族だとしたら、かなり力を持ってるかもしれないわね。下手に見つけても、慎重にことを進めないと揉み消されてしまうかも」

「リュエット、なんだか急にやる気になったわね」


 同一犯なら、また推しが、ラルフさまが狙われてしまう可能性だってあるのだ。私自身も狙われているわけだし、犯人は早々に捕まってもらう方がいい。安全のために。


「狙われたままというのも嫌だし、いつまでも魔力画が見れないのも悲しいじゃない? できることはしておきたいと思ったの」

「動機がそれだけなのかは怪しいところだけど、事件に対して前向きになるのはいいことね。私も手伝えることは手伝うわ」

「ありがとうミュエル。……そういえばね、」


 さらに周囲を気にして、私はミュエルにそっと囁く。

 その瞬間、私たちの近くにある教室の窓ガラスが、大きく音を立てて割れた。






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