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悪意はいつどこにあるのかわかりません3

「聞こえなかったか? どいてくれ。彼女に話がある」


 私の前に立ち、その場を動こうとしないヴィルレリクさまに対して、サイアンさまは少し調子を強めてそう言った。

 意志の強さを表すような焦げ茶の目が、いつも以上に睨んでいるように見える。私なら逃げ出したくなるような視線だけれど、ヴィルレリクさまは飄々とした様子を崩さずに対応していた。


「話があるならこの場でどうぞ」

「貴様には用はないと言っているんだ」

「リュエットの安全のために行動を共にしているので」


 家格でこそ侯爵家令息であるヴィルレリクさまの方が上だけれど、学園内ではむしろ学年の方が重視される。一学年上の相手に対して失礼というほどではないけれど、譲らずにいるヴィルレリクさまの態度を、サイアンさまは不快に感じたようだ。


「私がリュエット嬢に何かするとでも?」

「あなただけを警戒しているわけではありません」

「黒き杖を盾にして少々態度が過ぎるのではないか?」

「もしそうなら、もう少し強固に断ってるけど」


 ヴィルレリクさまの後ろにいてさえ感じる、この空気の悪さ。

 そういえば、マドセリア家での展示会のときも、サイアンさまはヴィルレリクさまに対して良くない印象を持っているような反応だった。個人的に仲が良くないのだろうか。

 このままでいるとますます空気が悪くなりそうだ。


「あの、サイアンさま、ごきげんよう。私に何かご用でしょうか?」


 ヴィルレリクさまを隔てているままだけれど、どうにか事態の改善を試みるため私はサイアンさまに声を掛けてみた。冷え冷えとした会話が途切れ、それから返事が返ってくる。


「先日の事件で燃えた魔力画の近くにいたため、しばらく休んでいたと聞いた。もう大丈夫なのか」

「はい、すっかり元気になりました。お気遣いありがとうございます」

「そうか。我が家で行う予定だった茶会も延びたので、心配していた」


 展示会で魔力画が燃えた事件のことで、うちのカスタノシュ家はお詫びも兼ねてとマドセリア家からお茶会の招待を受けていた。両家の兼ね合いもあってすぐには開催されず、ちょうど今週末に予定されていたのだ。しかし先日の事件で私が休養することになったので、お父様はお茶会の中止か延期を申し出たと言っていた。

 マドセリア家としては、お詫びの機会が延びたのだからあまり嬉しいことではなかっただろう。私も怪我をしたというわけでもないので少し申し訳ない。


「すみません、せっかくのお誘いなのに日程を変えることになってしまいました」

「いや、リュエット嬢の無事に代えられるものなどない。気分転換にもなるだろうから、ぜひ近いうちに我が家へ来るといい」


 マドセリア家は、魔力画が燃え、直後にその絵の一番近くにいたからと私たちを閉じ込めるような形で留め置いた件について、対面しての正式なお詫びをさせてほしいと強く願っているらしい。

 家としての方針は置いておいて、個人的にはもう特に思うこともないので、気にせずにむしろ放っておいてくれる方がありがたいのだけれど、サイアンさまは随分と気にされているようだ。


「はい、あの、お気遣いはとても嬉しく思います」

「世辞ではない。学内の魔力画を一時撤去することになって、リュエット嬢も寂しく思っただろう。ぜひ我が家で楽しんでいただきたい」

「魔力画が飾られているなら、リュエットは行かないよ」


 ヴィルレリクさまの静かな声で、会話が完全に途切れた。

 やや和らいだ空気になっていたサイアンさまが、またピリッとした雰囲気を纏ってヴィルレリクさまを睨んでいる。

 というかヴィルレリクさま、敬語もなくなっている。流石に怒られるのでは。


「それは貴様が決めることではない」

「カスタノシュ家もそう判断してる。魔力画の事件が解決するまで、リュエットには安全に過ごしてもらう」

「……まるで貴様の側が安全だ、とでも言いたいようだな?」


 強く睨んでいたサイアンさまが、ハッと嗤った。


「侯爵ほどではないが、我が家にもある程度の力はある。貴様が起こした事件・・について、他の貴族が知らぬとでも思っているのか?」


 責めるような低い声に、ヴィルレリクさまは返事をしなかった。

 黙っているヴィルレリクさまをしばらく睨んでいたサイアンさまが足を踏み出す。


「ではまた、リュエット嬢。どうぞ身辺にお気を付けください」

「あ、ありがとうございます、サイアンさま」


 すれ違いざまに強調するように言われて、私は慌ててお辞儀をした。

 あの言い様は、魔力画の事件についてではなく、まるでヴィルレリクさまに気を付けろと言っているようだった。ほのめかした「事件」というのも、何か関係があるのだろうか。


 去っていく姿を見送ってから、そっとヴィルレリクさまの方を見る。

 私を庇うように背を向けているまま動かないヴィルレリクさまの隣に、そっと踏み出した。


「ヴィルレリクさま」


 前を向いている琥珀色の目がこちらを見た。しばらく私を眺めたヴィルレリクさまは、何か言おうとして、それから軽く息を吐く。


「じゃあ、行こうか」

「はい」


 結局何を話すこともなく、ヴィルレリクさまは再び歩きはじめた。






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