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悪意はいつどこにあるのかわかりません2

 豪華な馬車の製法などを解説しようとしたお兄さまを黙らせて、馬車は学園へと走る。しばらくは会話もなく平和だったものの、そろそろ学園に着くかというところでおもむろにお兄さまが口を開いた。


「わかるかキャストル。リュエットは我が家の小さな宝石だ」

「お兄さま、何を言ってるんですか?」


 素で聞いてしまった。

 我が兄ながら、こういう意味不明なことを真顔で供述するところは昔から全く理解できない。


「小さな頃からお転婆で明るく、そしてちょっと照れ屋で優しい心を持つリュエットのような娘は、我が国広しといえども他に見つかることはないだろう」

「やめてください本当に何を言ってるんですかお兄さま」

「そんな大事な妹に重大な危機が迫っているというのならば、世界にただひとりのお兄ちゃまとして黙っていることなどできない。我が身に替えてもリュエットのことは守るつもりだ」


 向かいに座ったヴィルレリクさまが、お兄さまの贔屓目が過ぎる上にやたらと壮大な話に「そう」とだけ返事をした。それ以外に何も言う言葉が見つからないのだろう。私はそんなヴィルレリクさまに対する申し訳なさと恥ずかしさからお兄さまをそのまま馬車から放り出してしまいたい気持ちでいっぱいになり言葉が見つからない。


「とはいえ、真に残念ながらリュエットに四六時中ついて回ることはできない。生徒会の仕事もあるしな。だからキャストル、私のいないときはどうかリュエットのことをよろしく頼む」

「お兄さま……」


 お兄さまが、ヴィルレリクさまに対して頭を下げた。

 長々とよくわからないことを言っていたのは、ヴィルレリクさまに私をよろしくと言いたかったからのようだ。最後の一言だけでよかった気もするけれど、お兄さまの私を大事にしている気持ちは伝わった。

 2人だけの兄妹で、お兄さまが私を大事にしてくれるように私もお兄さまのことが大事ではある。いつも大袈裟でちょっと恥ずかしいお兄さまだけれど、でも思ってくれているその気持ちは嬉しかった。


「うん。リュエットのことはちゃんと守る。カスタノシュは心配しなくていい」

「待て、なぜ私だけ家名で呼ぶ。リュエットのことは呼び捨てにしておいて」

「カスタノシュとは別に仲良くないから」

「それはリュエットとは仲がいいと言っているのか? それとも私と仲良くするつもりがないことを遠回しに伝えているのか? 色々と言いたいことはあるが、とりあえずこれからはヴィルレリクと呼ぶ。だから私のことはティスランと呼ぶがいい。お兄ちゃま呼びは絶対に許さないぞ」

「お兄さま……」


 お兄さまを望んでお兄ちゃま呼ばわりする人なんて、それこそ我が国広しといえど見つからないと思う。そして、様々なことをスルーしてうんと頷くだけのヴィルレリクさまの心も我が国のように広そうだ。


 やがて馬車は静かに止まり、扉が開かれる。先に降りたお兄さまが両手を広げて私を受け止めようとしたので、私は馬車の手摺りを使って一人で降りた。


「とりあえずそうだな、今日の一限目は語学だから学習棟か。一応教室まで送っていこう」

「お兄さま、なぜ私の時間割をご存知なのですか?」

「僕が送っていく。カスタノシュは実習だろう。僕は先に研究室へ行くから」

「早速抜け駆けする気か貴様……絶対にお兄ちゃまとは呼ばせんぞ」

「ねえお兄さま、なぜ知ってるんですか?」


 かたくなに私と目を合わせないようにしているお兄さまは、ヴィルレリクさまを睨んでからそのまま実習棟の方へと歩いていった。時間割のことなどほとんど話題にしたこともないのに、どこで知ったのだろう。帰ったら絶対問い質そう。

 行こうか、とヴィルレリクさまに声を掛けられて、私は慌てて頷く。いつもより少し早い時間だからか、学園内を歩いている生徒はまだ少ない。


「語学は何を習ってるの?」

「西トフリータ語です。その、魔力画の本は西トフリータ語で書かれたものも多いってミュエルから教えてもらったので……」

「そういえば、魔力画法の本は西トフリータが多いね」

「はい。図書室には翻訳本もありますが、説明が簡略化されていることもあるので、そういうところを読めるようになりたいです」


 学習棟まで伸びる石畳を並んで歩きながら、ぽつぽつと会話をする。

 前庭にあるガゼボの方で手を振っている影が見えてそちらを向くと、私とミュエルのお世話係をしてくれているマリアさまとローザさまが見えた。私の方へと近付こうとしていた2人は、ハッと何かに気付いたように立ち止まり、それからスススス……とまたガゼボへと戻っていく。

 ヴィルレリクさまがいるからと気を使ってくださったのかもしれない。その顔が遠目にも笑っているような気がして、私はちょっと頬が熱くなりつつそちらに会釈をして通り過ぎた。


 イケメン過ぎて男子生徒にはあまり近付きたくないと言っておきながら、私はヴィルレリクさまと談笑しながら一緒に歩いている。先輩ふたりともがそんなことでからかう人ではないけれど、なんだか恥ずかしい。それでも、ヴィルレリクさまと話ができるのは嬉しかった。


「ヴィルレリクさまは何階にいらっしゃるのですか?」

「4階。リュエットは?」

「私は2階の教室です」


 学習棟に入りながら尋ねて、ちょっとホッとする。家までも遠回りして迎えに来てくださっているので、教室まではせめて通り道でよかった。


 エントランスを入ると、扇状に広がる正面階段の手摺りに凭れ掛かっている人が見えた。私たちを見るなり、姿勢を正して近付いてくる。その姿から隠すようにヴィルレリクさまがそっと私の前に立った。


「失礼、リュエット嬢に話があるのだが」


 少し怪訝そうな顔をしてそう言ったのは、マドセリア家のサイアンさまだった。






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