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沼はどこにでもあるようです4

 めちゃくちゃかわいい冬用ドレスではなく、そこそこに可愛い秋用ドレスを着て、私はお兄さまと園内夜会へと向かった。

 向かいに座るお兄さまは、ビシッとタキシードを着こなしつつ、足を組んで気怠げに窓の外を眺めている。黒髪の間からちらっと覗く翡翠色の目と憂いを帯びた表情は、乙女ゲー基準でいうとレア度最上級のSSRなのではないだろうか。


「ん? どうしたリュエット、また緊張しているのか? 何か困ったことがあったらお兄ちゃまが助けに行くから安心するがいい。でも困ったからとビービー泣けば流石に淑女としてどうかと思われるから、しくしく泣くんだぞ」

「もう子供じゃないんでビービー泣いたりしません!」


 黙っていれば、の話だけど。

 前世の私激推しだったラルフさまが実在していたので、他にも乙女ゲーに登場したキャラはいるのだろう。でも、お兄さまが登場していたのかどうかは覚えがなかった。登場キャラクターが多過ぎたというのもあるし、私が普段は無課金で頑張っていたせいもある。


 私が課金したのは一度だけ、それも衣装やアイテム目当ての正月福袋課金だ。新キャラを出すための課金は一度もしたことがない。メインキャラクターとして出やすかった人やレア度が低い人ならわかるだろうけれど、ラルフさまにしか興味がなかったこともあってレア度高い人はほぼ記憶になかった。


「他の男が怖いなら、お兄ちゃまとずっと一緒にいるといい」

「いやです」

「何故だ。再びお前にお兄ちゃまと呼ばせようとしているからか?」


 呼ばせようとしていたのか。無駄な努力なのでやめてほしい。


「お兄さまは男性の友達が多そうなので嫌です。今日は先輩と一緒に楽しんで、女の子のお友達を作ろうと思います」

「そんなことないぞ。お兄ちゃまにも女性の友人は存在する」

「毎日お話ししてくださる学園の話題に、一度も出てきたことないですけど」

「……」

「とにかく、今日はひとりで頑張ってみます。困ったらお兄さまを呼びますね。あと自分のことお兄ちゃまって呼ぶのやめてください」

「リュエット……なんだか急に大人になったな……」


 お兄さまがなぜか目頭を押さえはじめた。

 ちょっと変な兄だけれど、それでも心配してくれているのはありがたいし、心強い。


「着いたぞ。世話役のところまで送っていこう」

「ありがとうございます、お兄さま」


 手を貸してもらって馬車を降りる。

 日が暮れランプの明かりで満たされた学園の前庭は、昼間とは違った表情を見せていた。噴水もロマンチックに見えるし、ホールの明かりはなんだかワクワクする。


「入って左側に女性用の談話室がある。右側は男性用のものだ。異性立ち入り禁止というわけではないが、長居するのは好まれない。談話室とはいうがそもそも社交の場で部屋にこもりきりというのも良くないから、休憩で使う程度にするようにな」

「わかりました」

「他のことは男女でも違うだろうから、何でも聞いて教えてもらうといい」


 お兄さまは、私に手を振る先輩がたのところまで案内しつつそう言った。


 昼間、私を案内してくれた先輩ふたりは、マリアさまとローザさまという名前だ。私よりもひとつ上の学年。伝統で、2年に上がると2人1組になって新入生2人のお世話をするらしい。この夜会でもう一人の新入生を紹介してもらえるそうなので、まずその子と仲良くなれればいいなと思っていた。


「マリアさま、ローザさま、ごきげんよう。本日はご案内ありがとうございました」

「ごきげんよう。夜会でもお会いできて嬉しいわ」

「ごきげんよう。楽しみましょうね」


 私がお辞儀をすると、丁寧な返事が返ってくる。

 姿勢を直した先輩たちがお兄さまの方を向いてお辞儀をする。


「お二人には昼も少しお会いしましたね。改めまして、私はティスラン・カスタノシュです」

「ローザ・ルボワですわ」

「マリア・リュアンドロフです。よろしくお願いいたします」


 昼間は私の様子が変だったので、お兄さまと先輩方は挨拶ができなかった。

 お兄さまは、伯爵であるお父さまの跡継ぎとして、去年から社交界にも顔を出すようになった。そのためか、先輩がたへの挨拶も慣れたようにこなしている。


「ふつつかな妹ですが、お二人にお教えいただけるなら安心です。どうぞ宜しく頼みます」

「責任もって案内致しますわね」

「良い手本となるように努めますわ」


 2人それぞれに綺麗な礼をしてから、お兄さまは去っていく。

 それを軽い礼で見送った2人が、きゃっと私の方へと向き直った。


「素敵なお兄さまねえ」

「お辞儀も洗練されてらっしゃるわ」

「ありがとうございます」


 さっきまで「お兄ちゃま」って言ってましたけど。

 お兄さまはあまり人と話す方ではないけれど、私が不安でオロオロしていたので、先輩に挨拶までしっかりしていったのかもしれない。なんだかんだいって頼れる人だ。

 そして普通にしていれば次期伯爵らしい感じのお兄さまでよかった。


「ティスラン様といえば、生徒会でも活躍していらっしゃるお方よね」


 なんですと。


「そうなのですか?」

「ええ、確か今は会計をしていらっしゃるとか」

「次期会長候補ともいわれているそうよ」


 生徒会といえば、ラルフさまの、私の推しのラルフさまが会長をしていらっしゃるじゃないか!!

 お兄さま、なんで言わなかったの。いつも授業の居眠り難易度とか学園の雑草繁殖率とかどうでもいいことばかり教えてくれるくせに!

 ていうか推しと微妙に繋がりがある〜!! やった〜!!!


 密かに喜んでいると、ローザさまが微笑んでホールの向かい側を示す。


「ほら、会長と話していらっしゃるわ」

「えっ」


 その言葉に、私は思わず男性が多い方を向いてしまった。

 そして、気付いてしまった。


 お兄さまとお話ししていらっしゃる、私の推しの、ラルフさま。

 その輝くお姿の後ろ、壁に掛かっている絵画が、動いていることに。






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[一言] 早速事件ですか?ワクテカワクテカ
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