誘惑はどこにでもはないと思います17
住み慣れた家で行われたからなのか、人生で2度目になる事情聴取はさほど緊張せずに終えることができた。何度も繰り返して質問されることも、あらかじめ知っていればそれほどプレッシャーを感じることもない。
何より、今回の事件ではヴィルレリクさまもいたからか、一部始終にわたって念入りに尋ねられるというよりは、部分的に知りたいことについて訊かれるような質問が多かった。
魔力画が燃えているのを発見する前、周囲の様子はどうだったか、誰が近くを通っていたか、外された魔力画を外に出したときに人影は感じなかったか、炎はどのようにして燃えていたか。
覚えていない、わからない、という答えも多かったけれど、最後の質問については特に努力して思い出そうとする。
「普通の、下から上へと燃えるような炎じゃありませんでした。天井を伝って燃えていたので、そういうものなのかもしませんが……」
「どうぞ、感じたままに話してください」
「……なんだか、ヴィルレリクさまを覆ってしまおうとしているような、意思を持っている怪物のようにも見えました」
思い出すだけでも背筋が寒くなるような光景だ。揺らめく炎が自ら動いてヴィルレリクさまを飲み込もうとしているような、そんな炎。あの揺らめきには悪意すら宿っているのではないかと思えたのは、恐怖に囚われていたからなのだろうか。
私が座る二人がけソファの隣、クッションに凭せかけて置いてある絵を見る。
昨日、私が炎に近付いたのは、ヴィルレリクさまが最後の魔力画を持って出ようとしたときだけだ。彼の持つお守りの魔力画が燃え尽きたのか、ヴィルレリクさまの肩に炎が燃え移りそうになった。それを払っただけ。
けれど、私の身代わりに燃えてしまった2羽の鳥が描かれた魔力画は、細やかな灰に成り果てていた。マドセリア家の火事で同じく私を守ってくれた青い鳥の魔力画でも、真っ黒に焦げてはいたものの輪郭は保たれていたのに。
物が完全に燃え尽きるまでには、高温の炎か、または長時間焼くことが必要になる。魔術のかかった魔力画があれほどまでに粉々に燃え尽きてしまったのなら、あの炎はその見た目通り普通のものではなかったのかもしれない。
ぞっとするのと同時に、こうして私もヴィルレリクさまも無事でいられることに心底感謝の念が湧く。あんなにかわいい魔力画がこの世から失われてしまったのは悲しいことだけれど、私を守ってのことだと思うとあの小さな魔力画に愛おしさすら感じるほどだ。
2つ目の魔力画の灰も、1つ目を埋めた場所の隣にきちんと埋めてあげたい。
3羽の小鳥は絵の中にしか実在しないものだけれど、私にとっては命の恩人のような存在だ。今は動かぬ絵画となった3羽には、綺麗に飾って長く楽しまれるような絵になってほしい。
「リュエット」
聴取を終え、黒き杖の男性2人と話していたヴィルレリクさまが私を呼んだ。黒き杖の2人は私に丁寧な礼と改めて見舞いの言葉を述べ、それからヴィルレリクさまにも礼をしてから退出していく。ヴィルレリクさまに対する彼らの様子はかなり丁寧で、まるでヴィルレリクさまが仕事の上司のようだと思った。
「ヴィルレリクさまも、お帰りになりますか?」
「その前に、少し話しておきたいんだけど」
「はい」
もう一度座り直すと、見計らって侍女がお茶を淹れ直しに来てくれた。湯気の立つカップが揃うのを待って、ヴィルレリクさまは口を開いた。
「はっきり言うと、魔力画が燃えたのは偶然じゃない。リュエットも考えていた通り、誰かが起こしてるんだ」
「……はい」
予想はしていたことだけれど、はっきりと断言されると不安が改めて湧き出てきたように感じた。
犯人がどこかにいて、何らかの目的をもって魔力画に火を付けている。
「だから、しばらく一緒にいてもいい?」
「はい?」
何が「だから」なのだろうか。
私が犯人について考えていた一瞬のうちに、何か聞き逃してしまったのだろうか。
変わらず浮世離れした雰囲気を醸し出しているヴィルレリクさまが説明をしようとしないので、私は頭を捻りつつ質問することにした。
「あの、それは魔力画の事件の関係で、ということですよね?」
「うん」
「その、私の近くで事件が起こるからでしょうか?」
「まあ、そういうことになるかな」
「尋ねにくいのですが、その、魔力画を燃やす事件に、私が関係していると」
「おそらくだけど、リュエットが近くにいるときに燃えたのは偶然じゃないよ」
衝撃な事実が判明した。
私、何か犯人の恨みを買うようなことをしたのだろうか。
乙女ゲームの舞台となった学園なのに、そんな物騒なことが起きていいのだろうか。
というかそんな危ない事実、サラッと受け身で説明しないでほしい。
色々と頭が混乱する中で、とにかく心を落ち着かせようと試みつつ質問を続ける。
「……えーっと、ではヴィルレリクさまは、また似たような事件が起こるかもしれないと思っているのですか?」
「そうだね」
「だから、私の周囲を探り犯人を捕まえたいと」
「違うよ」
「え?」
私が首を傾げると同時にヴィルレリクさまも首を傾げていた。
「犯人確保は黒き杖の仕事だから」
「そうなのですか?」
「うん。一緒にいたいのは、リュエットが危険な目に遭うと嫌だから」
ヴィルレリクさま、だからそんなサラッと衝撃的なことを言わないでほしい。
さも当然のような顔をして言ったヴィルレリクさまを前にして、私の顔だけがじわじわと熱くなっていった。
「そ、そ、そうですか。それはあの、ご親切に」
「うん、死なないようにちゃんと守るから」
「死?! 私そんな危ない位置にいるのですか?!」
もうどの事実に対して混乱したらいいのかわからない。
キャパシティいっぱいいっぱいの私をよそに、その後ヴィルレリクさまは非常にスマートな動きで私の家族へも事情を説明した。




