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誘惑はどこにでもはないと思います14

「疑わしい人って? リュエット、何か知ってるの?」


 心配そうに訊ねるミュエルに、私は少し躊躇ってから答えた。


「火事があった3件の魔力画、その近くにいた人がいるでしょう?」

「だから、ヴィルレリクさまが……」


 首を横に振ると、ミュエルは言葉を途切れさせた。

 私はアメジストの瞳に見つめられながら、大きく息を吸ってそれから口を開く。


「私よ」

「リュエット? どういうことなの?」

「一緒にカフェに行った次の日に火事があったわ。マドセリアの展示会では私が燃えた魔力画に一番近い場所にいた。それに学園でも、私が火事を見つけた」

「でもリュエットは何もしていないじゃない。何を言っているの?」


 ミュエルの顔が、不審と困惑を浮かべ、少しいびつな笑みになる。ほのかに首を振りながら私を問い質すミュエルは、握った手に強く力を込めていた。


「私は火をつけてないわ」

「だったら」

「でもあの火事は3件とも、普通の火事じゃない。魔力画が燃えるなんて普通はありえない。魔術を使って火をつけたのだったら、手を使わなくても燃やせるんじゃない?」

「……リュエットは魔術なんて使えないでしょう?」


 この世界では、人それぞれに魔力が宿っているわけではない。自然界にある古木や石、凍土など、魔力を持った素材に魔術語などを用いて特殊な加工を行い、物理的な作用を超えた現象を起こせる技術のことを魔術と呼ぶのだ。

 その加工技術は緻密な作業であり、また素材の組み合わせによっても扱いが変わる。狙った通り正確に作動させるためには多くの知識と積み重ねた技術力が必要なのだ。


 魔術は、理論的には知識と技術を満たせば誰でも行うことができる。しかし、高度な魔術になるにつれて、それを行える者は減っていく。適性がある者とない者を隔てる違いについては、未だ解明されていなかった。

 だからこそ、魔術を行える素質があるかどうかは成長に合わせて都度調査される。貴重な人材を育てるため、高い適性があると判明されると、魔術についての知識を学ぶ機会と費用が国から用意されるのだ。


 この学園内にも、魔術実技についての特別授業が設けられている。しかしそれを受講できるのは学校から認められた生徒のみ。大半は、調査で適性が見つかった人だけだ。

 適性がない生徒であっても魔術についての知識や技術を学び優秀な成績を修めれば履修が認められているけれど、そういう人はどれだけ努力しても初歩的な魔術しか発動できないそうだ。


「私もリュエットも、調査で適正はないって言われたじゃない。魔力画を動かすくらいならまだしも、いきなり燃やすなんてそんな魔術、適性が高い人だってそうできることじゃないわ」


 魔力画でも特に簡単な手法に限れば、適正がなくても制作できる可能性はある。私がそれを目指して勉強も頑張っていたことをミュエルはよく知っていた。

 けれど、ミュエルが知らないこともある。


「ミュエル、魔術に特に向いてない体質があるって、授業で習ったわよね。魔力に対して影響を受けすぎたり、逆に魔力を帯びたものを不安定にさせる人が稀にいるって」

「まさか、あなたがそうだと言いたいの?」

「そういう人たちは、適性はなくて、自覚もないらしいわ」

「でも今まであんなこと起こらなかったんでしょう? 魔術に影響を及ぼすなら、家にある魔術道具で何か起きてるはずだわ」

「……例えば私が、特定の画法に使われる魔術と相性が極端に悪くて、それが原因で燃えてしまうってこともあり得るんじゃない?」


 高度な魔術の中には、魔術語を独自に変化させたものを使っていることもあるという。

 そういった部分に対して、限定的に影響を与えてしまっている可能性だってゼロではない。

 少なくとも、そう考えると一連の魔力画発火についての説明がつく。


「そんなの……あるわけないわ! 魔術に向かない体質だって、ごくごく稀にしか見られないって習ったでしょう? 王国をぜーんぶ調べたって、10年にひとり見つかるかどうかよ」

「でも、じゃあ魔力画たちはどうして燃えたの? マドセリア家でも学園でも、どうして私が近くにいるときに燃えたの?」

「それはきっと、何か理由があるはずよ。誰かが魔術を使ってたってほうが納得できるわ」

「ミュエル。ミュエルが私のことを無条件に信じてくれているのは、私が友達だからということはない? もし私の立場に他の人がいたら、その人が一番怪しいと思うでしょう?」

「リュエット……!」


 私の言葉に、ミュエルの顔が泣きそうに歪んだ。

 マリアさまとローザさまに見てもらう新入生同士として出会ったミュエルとは、すぐに仲良くなった。学園生活に臆していた私を明るく、でも無理強いはしないで励ましてくれた。私が魔力画を好きになったと知ったら、ご両親に聞いてあれこれとおすすめの本も持ってきてくれた。ミュエルがいてくれたおかげで、私は楽しんで暮らせるようになったのだ。


 性格や好みがぴったりというわけではないけれど、ミュエルと私は昔からの友達のように話が合った。お喋りをしているだけでも楽しくて、まだ会ってそれほど時間は経っていないのにお互いのことはもうほとんど知っているくらいだ。


 けれど、ミュエルは知らない。

 私が前世の記憶があるということを。

 乙女ゲームの舞台として、この世界を知っていたということを。


 もしそれが、何らかの形で今の私自身に影響を及ぼしているとしたら。

 例えば、その記憶があるということが魔術に関係しているとしたら、そのことが魔力画が燃えることに関連しているかもしれないとしたら。


「そんなこと言わないで、リュエット。だって、そんなこと、」

「そんなことはあり得ないよ。絶対」


 途切れそうなミュエルの言葉を継いだのは、低く落ち着いた声だった。






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