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誘惑はどこにでもはないと思います13

 コンコン、と小さく響いたノックの音で目が覚めた。

 いつのまにか眠っていたらしい。起き上がって返事をすると、侍女のネルがそっと入ってくる。


「リュエットさま、お目覚めでいらっしゃいますか? お客様がお見えなので、そろそろお支度を、と奥さまが」

「え、もうヴィルレリクさまや黒き杖の方がいらしたの?」

「いいえ、ご学友のお嬢さまが」


 慌てて起きて、支度を手伝ってもらう。かしこまりすぎない昼着に着替えて髪も纏めてもらい、案内されてサンルームへ行くと、ころころと笑う声が聞こえる。


「あら、リュイちゃん。お友達が来てるわよ」

「ミュエル!」

「リュエット。想像したより元気そうでよかったわ!」


 ぎゅっとハグをして、並べられた椅子に隣り合って座る。テーブルにはすでにお茶菓子やお母さまとミュエルのお茶が並べられていて、すぐに私の分も用意された。


「いらっしゃい、ミュエル」

「休むんじゃないかって思ってたの。これ、マリアさまとローザさまからのお見舞いね。私からはお菓子。うちの職人が作ったものなんだけど、すごく美味しいの」

「ありがとう、すごく嬉しい」


 美しく盛られた花には、先輩からの連名でカードが付いていた。テーブルに置かれている小さな焼き菓子は、サクサクと口の中で崩れて香ばしい甘さが広がる。美味しいと声を上げると、ミュエルが得意げに胸を張った。


「ほんとに美味しいわ。皆の分まで持ってきてくださったの。本当にいいお友達ね、リュイちゃん」

「はい。ミュエル、ありがとう」

「いいえ、私こそ急にお邪魔したのに快くもてなしていただいて、すごく嬉しいですわ」


 ミュエルがよそいきのお上品さでそう答えると、お母さまが嬉しそうに胸の前で手を組む。


「女の子同士って、とっても可愛いわ。学園時代を思い出すわねえ。わたくしも、その制服を着てお友達と沢山語り合ったものだわ。ああ、あなたのお父さま、若い頃もとっても素敵だったのよ」

「お、お母さま……」

「あらごめんなさいね。リュイちゃんも調子が良さそうだし、お茶を楽しんでね」

「ありがとうございます、リュエットのお母さま」


 夢見る目をしながら、お母さまがサンルームから去っていく。いつものように昔のお父さま自慢が始まるのかと身構えてしまったけれど、さすがに自制してくれたようでよかった。

 侍女にも下がってもらって、2人だけのお茶会になる。


「でもミュエル、授業は? まだ少し早いんじゃない?」

「今日は演奏課題の日だったから、お願いして1番にやらせてもらったの。先生はばっちり褒めて送り出してくれたわよ」


 修養科目は音楽を履修しているミュエルは、レベルの高い授業でも上位にいるらしい。普段から熱心に練習をしているので、先生も許してくださったのかもしれない。


「そうなの。ありがとう」

「お礼なんていらないわ。ヴィルレリクさまが行くって仰ってて、私、絶対先に乗り込んでおこうと思ったの」

「ヴィルレリクさま? 黒き杖の聴取があるから、気遣って来てくださるって聞いたけど、ミュエルも話したの?」


 ぐっと拳を握ったミュエルは、険しい顔で私を見た。


「気遣ってくださるなんて本当かしら? 私、まだあの方を信頼しきれないわ! だってわざわざ家に乗り込んでくるだなんて怪しい。黒き杖の庁舎で聴取したらいいのに」

「ミュエル……それは私が休んでいるから、それこそ気遣ってのことだと思うわ。それにヴィルレリクさまは、危険を冒してまで私の願いを叶えてくださったのよ」

「それは確かに感謝すべきかもしれないけれど、だからって油断しちゃダメ。……今回の件も含めて、ヴィルレリクさまは全ての火事の近くにいたことになるわ」


 ミュエルは私に顔を近付け、声を潜めて言う。

 カフェ、マドセリア家、そして学園。ミュエルが言った通り、魔力画が燃えた場所の全てで、私はヴィルレリクさまを見ている。けれど、周囲にいただけというならもっと多くの人が当てはまっているはずだ。


「昨日のことは、私がヴィルレリクさまを呼んだの。たまたま中庭で会ったから……それに私がひとりで先に行ったとき、もう魔力画は既に燃え始めていたのよ? ヴィルレリクさまは後から来たのだから、何もできないわ」

「ヴィルレリクさまが、リュエットと会う前に細工してないと言い切れる?」

「ありえないわ。だって、私が本校舎から中庭に出たとき、ヴィルレリクさまは私の後ろからやってきたの。つまり本校舎にいたのだから」

「でも、その前にどこにいたかはわからないでしょう?」

「それは、わからないけれど。でも授業があったのだったら、先生に訊ねれば出席していたかわかるはずだわ」

「人数が多い授業なら、先生だって出席者全員を把握しているわけではないと思うわ」

「ミュエル……」


 私が反論できずに困ると、ミュエルも話の勢いを緩めた。手をぎゅっと握って、宝石のようなアメジストの目がそっと私の様子を窺っている。


「ごめんなさい、リュエットに意地悪して言ってるんじゃないの。こんなに何度も近くで火事が起きるなんて……。例の廊下、封鎖される前に見たんだけれど、ぞっとするくらい真っ黒だったわ」

「ミュエル」

「あんなところに近付いて無事でいられたのは本当に奇跡よ。でも、もうリュエットには危ない目に遭ってほしくないの。こんな、誰がどうして起こしたものなのかわからない事件に、もう巻き込まれてほしくない」


 マドセリア家のときには、ミュエルも私の次に炎の近くにいた。それなのに、こうして私のことを一番心配してくれている。ヴィルレリクさまを怪しむのも、私に何かするのではないかと心配しているからだ。


「心配してくれてありがとう。でも、ヴィルレリクさまがやったとはどうしても思えないわ。むしろ私は、もっと疑わしい人がいると思うの」


 そのことを考えると不安になる。けれど、私の心の中だけで留めておくことはできない。

 握る手に力を込めると、ミュエルが励ますように同じだけ握り返してくれた。






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